・・・と題せざるべからざるもの、その裏面には実に万斛の涕涙を湛うるを見るなり。吁この不遇の人、不遇の歌。 彼と春岳との関係と彼が生活の大体とは『春岳自記』の文に詳なり。その文に曰く橘曙覧の家にいたる詞おのれにまさりて物しれ・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・これもと一場の戯言なりとはいえども、この戯言はこれを欲するの念切なるより出でしものにして、その裏面にはあながちに戯言ならざるものありき。はたしてこの戯言は同氏をして蕪村句集を得せしめ、余らまたこれを借り覧て大いに発明するところありたり。死馬・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・要するに吉田首相とその乾分は世界のブルジョア政治家も裏面でしかあらわさないような男としての醜態を参議院で演出してもう民自党に投票してくれないでもいいんだということを天下に声明しました。 男が酒をのんで女にからむということは恐らく日本にだ・・・ 宮本百合子 「泉山問題について」
・・・ 世の中の辛い義理も、賤ましい人の心の裏面もまた生活と云う事についてのつらさを一つも味わわずに逝ったのは幸福とも云える事であろう。 尚それよりも幸福なのは偉大な力をもって人に迫る「死」そのものを知らないことである。 病む人が己に・・・ 宮本百合子 「悲しめる心」
・・・モーロアはアメリカの上層の貴族趣味に向って巧に自分のフランス人としての上流的身辺を仄めかしながら、所謂時の人々とその人々との会話の断片を捉えて、何か具体的めいた、重大な国家の事情や裏面に精通した人のように身振りして語っているのだが、よく読ん・・・ 宮本百合子 「今日の作家と読者」
・・・一九二五年のコンゴへの旅行は、資本主義国における植民地経営の裏面の罪悪をジイドの面前にひろげて見せた。ジイドは、この時ゴム栽培特許権所有者組合の横暴と一年間闘い、商務大臣の偽の誓約に憤った。「人間こそ先ず建直されねばならぬ」だがそれはどんな・・・ 宮本百合子 「ジイドとそのソヴェト旅行記」
・・・ 世の中の暗い裏面を思わされる。 野飼いの駒 那須野が原のほおけた雑木林の中をしずしずと歩む野飼の駒を見た。 黒い毛並みをしとしと小雨がうるおして背は冷たく輝いて大きな眼には力強さと自由が満ちて居る。いかにも・・・ 宮本百合子 「旅へ出て」
・・・ 併し、一国の文化、社会状態を観察した場合に、何時も、その裏面、消極的方面のみに注目するのは、果して妥当な態度でしょうか。 他人の話を聞き、他人に会い、その言動の裡から欠点ばかりを摘発するとしたら、結局自分は、今在るだけの自己を肯定・・・ 宮本百合子 「男女交際より家庭生活へ」
・・・ 東京を一寸も見た事のないものに東京を紹介する雑誌は、責任をもって着実な考えで東京を知らせ、良い処よりも悪い裏面を多く知らせた方がまだ不難だろうとさえ思われる。田舎の若者が、皆が皆東京へばかり出たがって仕舞っては、ほんとうに困る事だろう・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・婆あさんはこの話の裏面に、別に何物かがあるのを、石田に発見して貰いたいのである。ところが石田にはどうしてもそれが分らないらしい。どうも馬鹿なのだから、分らないでも為ようがない。そこでじれったがりながら、反復して同じ事を言う。しかし自分の言う・・・ 森鴎外 「鶏」
出典:青空文庫