・・・子規は血を嘔いて新聞屋となる、余は尻を端折って西国へ出奔する。御互の世は御互に物騒になった。物騒の極子規はとうとう骨になった。その骨も今は腐れつつある。子規の骨が腐れつつある今日に至って、よもや、漱石が教師をやめて新聞屋になろうとは思わなか・・・ 夏目漱石 「京に着ける夕」
・・・東北の農業の振わないのは、農事の困難なため、都会へ都会へと皆の気が向いて居る故でも有ろうと思われる。西国の農民は富んで良い結果をあげて居る。農作に気候が適して居るので、農事に興味があって、自分が農民である事に、満足して、自分の土地以外に移っ・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・また山を越えると、踏まえた石が一つ揺げば、千尋の谷底に落ちるような、あぶない岨道もある。西国へ往くまでには、どれほどの難所があるか知れない。それとは違って、船路は安全なものである。たしかな船頭にさえ頼めば、いながらにして百里でも千里でも行か・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
・・・汽車は日に晒したるに人を載することありて、そのおりの暑さ堪えがたし、西国にてはさぞ甚しからん。このたびの如き変ある日には是非なけれど、客をあまりに多く容るるは、よからぬことなり。また車丁等には、上、中、下等の客というこころなくして、彼は洋服・・・ 森鴎外 「みちの記」
出典:青空文庫