・・・ が、二葉亭のいうのは恐らくこの意味ではないので、二葉亭は能く西欧文人の生涯、殊に露国の真率かつ痛烈なる文人生涯に熟していたが、それ以上に東洋の軽浮な、空虚な、ヴォラプチュアスな、廃頽した文学を能く知りかつその気分に襯染していた。一言す・・・ 内田魯庵 「二葉亭四迷」
・・・今でこそ樟脳臭いお殿様の溜の間たる華族会館に相応わしい古風な建造物であるが、当時は鹿鳴館といえば倫敦巴黎の燦爛たる新文明の栄華を複現した玉の台であって、鹿鳴館の名は西欧文化の象徴として歌われたもんだ。 当時の欧化熱の中心地は永田町で、こ・・・ 内田魯庵 「四十年前」
私は、その青春時代を顧みると、ちょうど日本に、西欧のロマンチシズムの流れが、その頃、漸く入って来たのでないかと思われる。詩壇に、『星菫派』と称せられた、恋愛至上主義の思潮は、たしかに、このロマンチシズムの御影であった。 それは、ち・・・ 小川未明 「婦人の過去と将来の予期」
・・・第五章 結語、西欧の戦争文学との比較、戦争文学の困難 以上のほか、武者小路実篤の「或る青年の夢」、芥川龍之介の「将軍」のもっと詳細な検討、細田民樹の「ある兵卒の記録」について、この三つの作品は、いずれも大正年間になって出され・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・それは、日本でも、西欧でも同じことであるのですが、ことにも紅毛人に於いては、それが甚だしいように思われます。この哀れな、なんだか共感を誘う弱点に依って、いまこの男は、二人の女の後についてやって来て、そうして、白樺の幹の蔭に身をかくし、息を殺・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・日本人の中の特殊な一群の民族によっていつからとも知れず謡い伝えられたこの物語には、それ自身にすでにどことなくエキゾティックな雰囲気がつきまとっているのであるが、それがこの一風変わった西欧詩人の筆に写し出されたのを読んでみると実に不思議な夢の・・・ 寺田寅彦 「小泉八雲秘稿画本「妖魔詩話」」
・・・しかし山川の美に富む西欧諸国に入り込んだ基督教は、表面は一神でありながら内実はいつの間にか多神教に変化した。同時にユダヤ人の後裔にとっての一つの神なるエホバは自ずから姿を変えて、やがてドルになりマルクになった。その後裔の一人であったマルクス・・・ 寺田寅彦 「札幌まで」
・・・颱風もなければ烈震もない西欧の文明を継承することによって、同時に颱風も地震も消失するかのような錯覚に捕われたのではないかと思われるくらいに綺麗に颱風と地震に対する「相地術」を忘れてしまったのである。 ドイツの町を歩いていたとき、空洞煉瓦・・・ 寺田寅彦 「颱風雑俎」
・・・あれはロンドンの議事堂の時計を模しているのだとハース氏がいう。西欧の寺院の鐘声というものに関するあらゆる連想が雑然と頭の中に群がって来た。 きのうの夕食に出たミカドアイスクリームというのは少し日本人の気持ちを悪くさせる性質のものではない・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・古いドイツやスペインあたりを思わせるような空気が、最も新しい西欧芸術の香と混合してそこに一種のグロテスクに近いものが生れている。同じ事はある派の日本画についても云われる。 ロシアのバレー作家のマッシンがある人の問に答えて、「見玉え。今の・・・ 寺田寅彦 「帝展を見ざるの記」
出典:青空文庫