・・・ 最も得意なのは、も一つ茸で、名も知らぬ、可恐しい、故郷の峰谷の、蓬々しい名の無い菌も、皮づつみの餡ころ餅ぼたぼたと覆すがごとく、袂に襟に溢れさして、山野の珍味に厭かせたまえる殿様が、これにばかりは、露のようなよだれを垂し、「牛肉の・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・ 十二 時を見、程を計って、紫玉は始め、実は法壇に立って、数万の群集を足許に低き波のごとく見下しつつ、昨日通った坂にさえ蟻の伝うに似て押覆す人数を望みつつ、徐に雪の頤に結んだ紫の纓を解いて、結目を胸に、烏帽子を背・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・同時に自分を案外安く扱う世間の声が耳に入ると不愉快で堪らなくなって愚痴を覆すようになった。緑雨の愚痴は壱岐殿坂時代から初まったが、それ以後失意となればなるほど世間の影口に対する弁明即ち愚痴がいよいよ多くなった。私が緑雨と次第に疎遠になったの・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・文学の陣営に属すように見えつつ、実質においては非プロレタリア的な作品を量において多量生産し、しかもそれがブルジョア・ジャーナリズムにおいてもてはやされているのに対して、われわれが一々それを作品によって覆すような作品を書いていないという現象か・・・ 宮本百合子 「一連の非プロレタリア的作品」
・・・をもったが、時を隔てて今現れた「新興芸術派」は大体の傾向として当然都会的なモダーニズムに立ったが、同人たちの作品の現実は、彼らによって否定された「新自然主義的なプロレタリア・リアリズム」を覆すだけの力を持たなかった。同人たちの作家としての活・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
・・・ この新たに盛り上って「慎重になった民衆のサムソンは今日以後、社会の柱石を祭典の広間に揺がす代りに、穴倉の中で覆す」であろう階級勢力を、「支配するためには暗黒にとどめて置かなければならない」というバルザックの実践的な結論と、彼が法律や権・・・ 宮本百合子 「バルザックに対する評価」
出典:青空文庫