・・・おれは一人でも焼け死んで見せるぞ。」「いえ、わたしもお供を致します。けれどもそれは――それは」 おすみは涙を呑みこんでから、半ば叫ぶように言葉を投げた。「けれどもそれははらいそへ参りたいからではございません。ただあなたの、――あ・・・ 芥川竜之介 「おぎん」
・・・いわば公私の区別とでもいうものをこれほど露骨にさらけ出して見せる父の気持ちを、彼はなぜか不快に思いながらも驚嘆せずにはいられなかった。 一行はまた歩きだした。それからは坂道はいくらもなくって、すぐに広々とした台地に出た。そこからずっとマ・・・ 有島武郎 「親子」
・・・と云って、肱を曲げた、雪なす二の腕、担いだように寝て見せる。「貴女にあまえているんでしょう。どうして、元気な人ですからね、今時行火をしたり、宵の内から転寝をするような人じゃないの。鉄は居ませんか。」「女中さんは買物に、お汁の実を仕入・・・ 泉鏡花 「女客」
・・・客の対話起座の態度等一に快適を旨とするのである、目に偏せず、口に偏せず、耳に偏せず、濃淡宜しきを計り、集散度に適す、極めて複雑の趣味を綜合して、極めて淡泊な雅会に遊ぶが茶の湯の精神である、茶の湯は人に見せるの人に聴せるのという技芸ではなく、・・・ 伊藤左千夫 「茶の湯の手帳」
・・・二人の親も世間に見せるかおがないと云って家の中に許り入って居たけれ共とうとう悔死、さぞ口惜しい事だったろうと人々は云って居た。其の後は家に一人のこって居たけれ共夫となるべき人もないので五十余歳まで身代のあらいざらいつかってしまったのでしょう・・・ 著:井原西鶴 訳:宮本百合子 「元禄時代小説第一巻「本朝二十不孝」ぬきほ(言文一致訳)」
・・・「磨いて見せるほどあたいが打ち込む男は、この国府津にゃアいないよ」とは、かの女がその時の返事であった。 住職の知り合いで、ある小銀行の役員をつとめている田島というものも、また、吉弥に熱くなっていることは、住職から聴いて知っていたが、・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・空トボケた態度などを人に見せる人ではなかった。それに話が非常に上手で、というのは自分も話し客にも談ぜさせることに実に妙を得た人だった。元来私は談話中に駄洒落を混ぜるのが大嫌いである。私は夏目さんに何十回談話を交換したか知らんが、ただの一度も・・・ 内田魯庵 「温情の裕かな夏目さん」
・・・ 三郎さんは、あけてよんでみると、「送っていただいた、美しい雑誌を友だちに見せると、みんなが、奪い合って、たちまち、汚くしてしまいました。残念でなりません。また、送っていただいて、破るといけないから、どうか、もう送らないでください。・・・ 小川未明 「おかめどんぐり」
・・・ 寝床の裾の方の壁ぎわに置いてあったのを出して見せると、上さんはその鼻緒を触ってみて、「じゃ、これでも預かっとこう。お前さんが明朝出かける時には、何か家の穿物を貸してあげるから。」 上さんはそのまま下駄を持って階下へ降りて行った・・・ 小栗風葉 「世間師」
・・・が、買物好きの昔の癖は抜けきれず、おまけに継子の私が戻ってみれば、明日からの近所の思惑も慮っておかねばならないし、頼みもせぬのに世話を焼きたがるおきみ婆さんの口も怖いと、生みの母親もかなわぬ気のよさを見せるつもりも少しはあったのだろう――と・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
出典:青空文庫