・・・だんだん歩いている内に、路が下っていたと見え、曲り角に来た時にふと下を見下すと、さきに点を打ったように見えたのは牛であるという事がわかるまでに近づいていた。いよいよ不思議になった。牛は四、五十頭もいるであろうと思われたが、人も家も少しも見え・・・ 正岡子規 「くだもの」
・・・物蔭の小高いところから、そちらを見下すと、そこには隈なく陽が照るなかに、優美な装束の人たちが、恭々しいうちにも賑やかでうちとけた供まわりを随えて、静かにざわめいている。 黒い装束の主人たる人物は、おもむろに車の方へ進んでいる。が、まだ牛・・・ 宮本百合子 「あられ笹」
・・・ けれ共又そうかと云って、世の中のどんな事でも平気になって仕舞って、ニヤニヤ嘲笑いながら苦しんで居る者、育とうとして悩んで居る者を見下す自分を想像する事は尚たまりません。 そんななら寧ろどんなにでも動かされて苦しむ方がどれ程好いか分・・・ 宮本百合子 「動かされないと云う事」
・・・遠くから見下すと、まるで凍った白い雪の上を沢山のペングィン鳥が群れ遊んで居るような心持がした。 ○凍って歯にしむみかん ○若い芸者、金たけ長をかけ、島田、 牡丹色の半衿、縞の揃いの着物 ○寒い国の女、黒い瞼 白粉の下から浮ぐ・・・ 宮本百合子 「一九二七年春より」
・・・私が何故そう奇麗でもない昼、夕刻にかけて散歩したかといえば、夜では隠れてしまう生活の些細な、各々特色のある断面を、鋪道の上でも、京橋から見下す河の上にでも見物されたからである。それに、昼間から夜に移ろうとする夕靄、罩って段々高まって来る雑音・・・ 宮本百合子 「粗末な花束」
・・・ 私は私が数え年で七つの年、今は居ませんけれ共叔父に連れられて始めて――ほんとに生れて始めて人の家や、汽車やらを下に見下す道灌山のわきの草原に行った時の恐怖と物珍らしさの入れ混った、自分でどうして好いか分らなかった混乱した気持を、呆んや・・・ 宮本百合子 「小さい子供」
・・・ヨーロッパ・ホテルの一室、十月大通りを見下す方に大きな窓が開いている。赤っぽい、そう新しくない絨毯が敷いてある。隣室へ通じるドアの近くにゴーリキイが腰かけている。シャツも上衣も薄い柔かい鼠色で、それは深い横皺のある彼の額や、灰色がかって、勁・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・ 静かな朝の十月大通りを見下す方角に大きな窓が開いている。赤っぽい、そう新しくない絨毯が敷いてある。その部屋の隣室へ通じるドアの近くにゴーリキイが腰かけている。シャツも上衣も薄い柔かい鼠色で、それは深い横皺のある彼の額や、灰色がかって、・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの発展の特質」
・・・上から見下すと、只一様に白紙のように議席に置かれていたのは、参考地図であった。米内首相は降壇のときわざわざケースに納めて戻って来た眼鏡をまたかけて、地図をひろげたが、隣の桜内蔵相は、拡げる場所が狭苦しいのか、体を捩って首相のを覗き込んだ。そ・・・ 宮本百合子 「待呆け議会風景」
・・・そこを○子は拭き その上につやふきんをかけ そして 腰をおろして 変っていく隣家の庭の様子を見下すのであった。 雨の日の正午 となりの工事場が全くひっそりして。 雀の声、チュ チュ 雨はやんでいる 正午のサイ・・・ 宮本百合子 「窓からの風景(六月――)」
出典:青空文庫