・・・その仕合には、越中守綱利自身も、老職一同と共に臨んでいたが、余り甚太夫の槍が見事なので、さらに剣術の仕合をも所望した。甚太夫は竹刀を執って、また三人の侍を打ち据えた。四人目には家中の若侍に、新陰流の剣術を指南している瀬沼兵衛が相手になった。・・・ 芥川竜之介 「或敵打の話」
・・・その前には見事な葡萄棚があり、葡萄棚の下には石を畳んだ、一丈ばかりの泉水がある。僕はその池のほとりへ来た時、水の中の金魚が月の光に、はっきり数えられたのも覚えている。池の左右に植わっているのは、二株とも垂糸檜に違いない。それからまた墻に寄せ・・・ 芥川竜之介 「奇遇」
・・・それに実に、見事な絵でござんすわ。」 と、肩に斜なその紫包を、胸でといた端もきれいに、片手で捧げた肱に靡いて、衣紋も褄も整然とした。「絵ですか、……誰の絵なんです。」「あら、御存じない?……あなた、鴾先生のじゃありませんか。」・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・「ほん、ほん、それでは、これじゃろうの。」 と片手の畚を動かすと、ひたひたと音がして、ひらりと腹を飜した魚の金色の鱗が光った。「見事な鯉ですね。」「いやいや、これは鮒じゃわい。さて鮒じゃがの……姉さんと連立たっせえた、こなた・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・が、世の識者間に閑却されて居るというは抑も如何なる訳か、今世の有識社会は、学問智識に乏しからず、何でも能く解って居るので、口巧者に趣味とか詩とか、或は理想といい美術的といい、美術生活などと、それは見事に物を言うけれど、其平生の趣味好尚如・・・ 伊藤左千夫 「茶の湯の手帳」
・・・ この文句に由ると順番札で売ったのは享和三年が初めらしいが、その後も疱瘡痲疹大流行の時は何度もこの繁昌を繰返し、喜兵衛の商略は見事に当って淡島屋はメキメキ肥り出した。 初代の喜兵衛も晩年には度々江戸に上って、淡島屋の帳場に座って天禀・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・ 鴎外は早くから筆蹟が見事だった。晩年には益々老熟して蒼勁精厳を極めた。それにもかかわらず容易に揮毫の求めに応じなかった。殊に短冊へ書くのが大嫌いで、日夕親炙したものの求めにさえ短冊の揮毫は固く拒絶した。何でも短冊は僅か五、六枚ぐら・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・ 日本の文壇というものは、一刀三拝式の心境小説的私小説の発達に数十年間の努力を集中して来たことによって、小説形式の退歩に大いなる貢献をし、近代小説の思想性から逆行することに於ては、見事な成功を収めた。 人間の努力というものは奇妙なも・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・している見事さは、市井事もの作家の武田麟太郎氏が私淑したのも無理はないと思われるくらいで、僕もまたこのような文学にふとしたノスタルジアを感ずるのだ。すくなくとも秋声の叫ばぬスタイル、誇張のない態度は、僕ら若い世代にとってかなわぬものの一つだ・・・ 織田作之助 「文学的饒舌」
・・・の嘆賞のためにかくも見事に鎌を使っているのではない。「食えない!」それで村の二男や三男達はどこかよそへ出て行かなければならないのだ。ある者は半島の他の温泉場で板場になっている。ある者はトラックの運転手をしている。都会へ出て大工や指物師になっ・・・ 梶井基次郎 「温泉」
出典:青空文庫