・・・ それから、一同集って、手負いを抱きあげて見ると、顔も体も血まみれで誰とも更に見分ける事が出来ない。が、耳へ口をつけて呼ぶと、漸く微な声で、「細川越中」と答えた。続いて、「相手はどなたでござる」と尋ねたが、「上下を着た男」と云う答えがあ・・・ 芥川竜之介 「忠義」
・・・僕が畜生とまで嗅ぎつけた女にそんな優しみがあるのかと、上手下手を見分ける余裕もなく、僕はただぼんやり見惚れているうちに、「待つウ身にイ、つらーアき、置きイごたーアつ」も通り抜けて、終りになり、踊り手は畳に手を突いて、しとやかにお辞儀をし・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・そのうえ、男は、よく宝石を見分けるだけの目を持っていました。 男は、ひともうけしようと思って、北の国へまいりました。北の国は、まだよく開けていなかったのです。高いけわしい山が重なりあって、その頭を青い空の下にそろえています。また、紺碧の・・・ 小川未明 「宝石商」
・・・これは私自身まだ京都弁というものを深く研究していないから、多くの作家の作品の中に書かれた京都弁の違いを、見分けることが出来ないのだろうとも、一応考えられるけれども、一つには、京都弁そのものが変化に乏しく、奥行きが浅く、ただ紋切型をくりかえし・・・ 織田作之助 「大阪の可能性」
・・・素人ながらに、近海物と、そうでない魚とを見分けることの出来るお三輪は、今陸へ揚ったばかりのような黒く濃い斑紋のある鮎並、口の大きく鱗の細い鱸なぞを眺めるさえめずらしく思った。庖丁をとぐ音、煮物揚物の用意をする音はお三輪の周囲に起って、震災後・・・ 島崎藤村 「食堂」
・・・自分の知った人の中には雀の顔も見分ける人はあるが、それよりもいっそう鋭いこの画家の目には生きた個々のくだものの生きた顔が逃げて回って困ったのではあるまいか。その結果があの角ばったりんごになったのではあるまいか。 こんなさまざまの事を考え・・・ 寺田寅彦 「自画像」
・・・過去のいろいろの年代にあふれ出した熔岩の流れの跡がそれぞれ違った色彩によって見分ける事ができるのであった。しかし火山は昔の大虐殺などは夢にも知らないような平和な姿をして、頂上にただあるかなしの白い煙を漂わせているだけであった。 狭い町は・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・すなわち星形や十字形のものと、円形のものとを見分けることができるというのである。 しかし甘納豆の場合にはこの物の形が蜂を誘うたとは思われない。何か嗅覚類似の感官にでもよるのか、それとも、偶然工場に舞い込んだ一匹が思いもかけぬ甘納豆の鉱山・・・ 寺田寅彦 「破片」
・・・骨董品――ことに古陶器などには優れた鑑賞眼もあって、何を見せても時代と工人とをよく見分けることができたが、粗野に育った道太も、年を取ってからそうした東洋趣味にいくらか目があいてきたようで、もし金があったら庭でも作ってみたいような気持にたまに・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・ それですから、烏の年齢を見分ける法を知らない一人の子供が、いつか斯う云ったのでした。「おい、この町には咽喉のこわれた烏が二疋いるんだよ。おい。」 これはたしかに間違いで、一疋しか居りませんでしたし、それも決してのどが壊れたので・・・ 宮沢賢治 「烏の北斗七星」
出典:青空文庫