・・・正しい希望、正しい野心を持っていない、と叱って居られるけれども、そんなら私たち、正しい理想を追って行動した場合、この人たちはどこまでも私たちを見守り、導いていってくれるだろうか。 私たちには、自身の行くべき最善の場所、行きたく思う美しい・・・ 太宰治 「女生徒」
・・・傍で、じろじろ息子を見守りながら、ツメオも茶をよばれた。 これは雨が何しろ樋をはずれてバシャバシャ落ちる程の降りの日のことだが、それ程でなく、天気が大分怪しい、或は、時々思い出したような雨がかかると云うような日、一太と母親とにはまた別な・・・ 宮本百合子 「一太と母」
・・・私は、彼女の顔つきを見守りながら訊いた。「どう?」「一つのんで御覧なさい」「――酸っぱい?」「飲んで御覧」 私は、彼女のしたとおりコップに調合し、始め一口、そっとなめた。それから、ちびちび飲み、やがて喉一杯に飲んで、白状・・・ 宮本百合子 「この夏」
・・・早朝の寒い空気の中で御蝋燭を代え、暫く棺を見守り、父の処へ行った。私は疲れていたので、桐ケ谷には行かない予定に成っていたのだ。私は父に自分も先方まで送りたい願いを伝えた。願いは叶い、私は父と二人きりで祖母を最後の場所まで送った。棺は恐ろしく・・・ 宮本百合子 「祖母のために」
・・・自分の万事を洞察し、弱ろうとする生活の焔に、ちょうどそのときというときに適当な油を注ぎかけながら、一生の間自分を見守り、叱し鼓舞して「下さる」ものなのである。美くしい月光の揺曳のうちにも、光輝燦然たる太陽のうち、または木や草や、一本の苔にま・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
・・・ 沼で一番の深みだといわれている三本松の下に、これも釣をしているらしい小さい人影を見るともなく見守りながら、意識の端々がほんのりと霞んだような状態に入って行ったのである。 それからやや暫く立ってから、彼はフトもとの心持に戻った。どの・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・ 幸雄は、ステッキを腰にかって、働いている職人を見守りながら、「今に来るだろう」とぼんやり答えた。「おーい、かかるぜ」 主屋の桁に職人が攀登った。威勢の好い懸声で仕事が始った。手塚はいつになく頻りに幸雄に話しかけた。・・・ 宮本百合子 「牡丹」
・・・ピラピラする透明な焔色を見守り、みのえは変に夢中な気持になって湯の沸くのを待った。彼女には、この夜ふけの、恋物語の後の沈黙が異常に作用するのであった。じかに板の間にいて寒さも感じない。 薬罐の底がクトンとずるように鳴った。 シューン・・・ 宮本百合子 「未開な風景」
・・・御者特有の横目で日本女が先ず片手にさげていた一つの新聞包みを蹴込みへのせ、それから自身車へのるのを見守り、弾機が平衡を得たところで、唇を鳴らし手綱をゆるめた。 冬凍った車道ですべらないようにモスクワの馬に、三つ歯どめの出た蹄鉄をつけてい・・・ 宮本百合子 「モスクワの辻馬車」
・・・ 秋三は忙しそうに安次を曳いて、勘次を見守りながらまた南の方へ下って行った。 お留は安次に渡した一円の紙幣が庭に落ちているのを見ると、走って行って渡そうかと思ったが、しかしそれでは却って追い出すようでいけないし、「まア好えわア。・・・ 横光利一 「南北」
出典:青空文庫