・・・彼女はそれでも真向にフランシスを見守る事をやめなかった。こうしてまたいくらかの時が過ぎた。クララはただ黙ったままで坐っていた。「神の処女」 フランシスはやがて厳かにこういった。クララは眼を外にうつすことが出来なかった。「あなたの・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・泣くにつけ、笑うにつけ、面白がるにつけ淋しがるにつけ、お前たちを見守る父の心は痛ましく傷つく。 然しこの悲しみがお前たちと私とにどれ程の強みであるかをお前たちはまだ知るまい。私たちはこの損失のお蔭で生活に一段と深入りしたのだ。私共の根は・・・ 有島武郎 「小さき者へ」
・・・ 人々は、牛女の姿が見えないのをいぶかしがって、「子供が、もう町にいなくなったから、牛女は見守る必要がなくなったのだろう。」と、語り合いました。 その冬も、いつしか過ぎて春がきたころであります。町の中には、まだところどころに雪が・・・ 小川未明 「牛女」
・・・月の光で、よくそのじいさんの姿を見守ると、破れた洋服を着て、古くなったぼろぐつをはいていました。もうだいぶの年とみえて、白いひげが伸びていました。「あなたはだれですか。」と、少年は声に力を入れて問いました。 するとじいさんは、と・・・ 小川未明 「眠い町」
・・・ 赤牛は、じいっと鞍を背負って子供を見守るように立っていた。竹骨の窓から夕日が、牛の眼球に映っていた。蠅が一ツ二ツ牛の傍でブン/\羽をならしてとんでいた。……「畜生!」父は稲束を荷って帰った六尺棒を持ってきて、三時間ばかり、牛をブン・・・ 黒島伝治 「二銭銅貨」
木枯らしの夜おそく神保町を歩いていたら、版画と額縁を並べた露店の片すみに立てかけた一枚の彩色石版が目についた。青衣の西洋少女が合掌して上目に聖母像を見守る半身像である。これを見ると同時にある古いなつかしい記憶が一時に火をつ・・・ 寺田寅彦 「青衣童女像」
・・・四つの足が一組になっていろいろ入り乱れるのを不思議に思って見守るのであった。横浜から乗って来た英人のCがオランダの女優のいちばん若く美しいのと踊っていた。なんとなく不格好に、しかし非常に熱心に踊っているのがおかしいようでもあったが、ハイカラ・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・ 茫然たるアーサーは雷火に打たれたる唖の如く、わが前に立てる人――地を抽き出でし巌とばかり立てる人――を見守る。口を開けるはギニヴィアである。「罪ありと我を誣いるか。何をあかしに、何の罪を数えんとはする。詐りは天も照覧あれ」と繊き手・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・陰に大鎌は閃きて世を嘲り見すかしたる様にうち笑む死の影は長き衣を引きて足音はなし只あやしき空気の震動は重苦しく迫りて塵は働きを止めかたずのみて 其の成り行きを見守る。大鎌の奇怪なる角度より発散す・・・ 宮本百合子 「片すみにかがむ死の影」
・・・ 今まで後ばかり向き続けていたお君の存在が其処で或る点まではっきりするばかりでなく、舞台裏から迄見守る実意があれば、あの場合、重苦しい着物をゆるめる気になるのが、女として心持の上で必然なのである。 お絹に、遺品として蛇を貰ったところ・・・ 宮本百合子 「気むずかしやの見物」
出典:青空文庫