・・・けれどもどうして立身するか、それはまるで母にも見当がつかなかったのでございます。母は叔母の家から私の学資を出さそうとしたらしゅうございました。これが都合よく参りませんものですから、私の立身を堅く信じながらも、ただそれは漠としたことで、実は内・・・ 国木田独歩 「女難」
・・・「誰れだな、俺れゃどうも見当がつかん。」「這入りこんで現場を見届けてやろう。」 二人は耳をすました。二つくらい次の部屋で、何か気配がして、開けたてに扉が軋る音が聞えてきた。サーベルの鞘が鳴る。武石は窓枠に手をかけて、よじ上り、中・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・お前の竿の先の見当の真直のところを御覧。そら彼処に古い「出し杭」が列んで、乱杭になっているだろう。その中の一本の杭の横に大きな南京釘が打ってあるのが見えるだろう。あの釘はわたしが打ったのだよ。あすこへ釘を打って、それへ竿をもたせると宜いと考・・・ 幸田露伴 「蘆声」
・・・俺は運動に出ると、何時でも、その速力の出し工合と、身体の疲労の仕方によって、自分の健康に見当をつける素朴な方法を注意深く実行している。 走りながら、こっちでワザと大きな声をあげると、隣りを走っている同志も大きな声を出した。エヘンとせき払・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・ ある日も私は次郎と連れだって、麻布笄町から高樹町あたりをさんざんさがし回ったあげく、住み心地のよさそうな借家も見当たらずじまいに、むなしく植木坂のほうへ帰って行った。いつでもあの坂の上に近いところへ出ると、そこに自分らの家路が見え・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・かつて見も知らねば、どこの誰という見当もつかぬ。自分はただもじもじと帯上を畳んでいたが、やっと、「おばさんもみんな留守なんだそうですね」とはじめて口を聞く。「あの、今日は午過ぎから、みんなで大根を引きに行ったんですの」「どの畠へ・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・私には何も一つも見当が附いていないのでした。ただ笑って、お客のみだらな冗談にこちらも調子を合せて、更にもっと下品な冗談を言いかえし、客から客へ滑り歩いてお酌して廻って、そうしてそのうちに、自分のこのからだがアイスクリームのように溶けて流れて・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
・・・それでせいぜい科学の準備くらいのところまでこの考えを持って行くのは見当違いである。むしろ反対に私は学校で教える理科は今日やっているよりずっと実用的に出来ると思う。今のはあまりに非実際的過ぎる。例えば数学の教え方でも、もっと実用的興味のあるよ・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
・・・ 母親は、それで見当がついた風で、「すると、やっぱりシャカイシュギかい?」 などという。―― 三吉は、ときどき、そのディーツゲンをおもいうかべることで、自分に勇気づけていた。マルクスやエンゲルスとは別個に唯物弁証法的哲学をう・・・ 徳永直 「白い道」
・・・むかし見当橋のかかっていた川○八丁堀地蔵橋かかりし川、その他。 日本橋区内では○本柳橋かかりし薬研堀の溝渠 浅草下谷区内では○浅草新堀○御徒町忍川○天王橋かかりし鳥越川○白鬚橋瓦斯タンクの辺橋場のおもい川○千束町小松橋かかりし溝○吉・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
出典:青空文庫