・・・余り名文ではないが、淡島軽焼の売れた所以がほぼ解るから、当時の広告文の見本かたがた全文を掲げる。私店けし入軽焼の義は世上一流被為有御座候通疱瘡はしか諸病症いみもの決して無御座候に付享和三亥年はしか流行の節は御用込合順番札にて差上候儀・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・私は志賀直哉の新しさも、その禀質も、小説の気品を美術品の如く観賞し得る高さにまで引きあげた努力も、口語文で成し得る簡潔な文章の一つの見本として、素人にも文章勉強の便宜を与えた文才も、大いに認める。この点では志賀直哉の功を認めるに吝かではない・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・勿論私の入智慧、というほどのたいしたことではないけれど、しかしそんな些細なことすら放って置けばあの人は気がつかず、紙質、活字の指定、見本刷りの校正まで私が眼を通した。それから間もなく私は、さきに書いたような、金銭に関するあの人の悪い癖を聞い・・・ 織田作之助 「天衣無縫」
・・・ ところが、あてもなく闇市場を歩いていると、パンを売っているばかりか、食堂の飾窓にはカレーライスの見本ももこの物語を一まずここで終ることにする。豹吉やお加代や亀吉がやがて更生して行くだろう経過、豹吉とお加代、そして雪子との関係、小沢と道・・・ 織田作之助 「夜光虫」
・・・「それから今夜は沢田を呼んで、見本の説明の順序をよく作っておいてもらうことにする。」「なるほど、そいつはなお大切だ。われわれだって中西が相手なら結構説明くらいはできるが、それは沢田に越した事はない。それじゃアそう決めた。これから手紙・・・ 国木田独歩 「疲労」
・・・ 今んとこはまったくやせ犬の見本みたいだが、二週間もたてばむくむくこえていい犬になる。おい、おれんとこにもいい犬がいたんだよ。そいつがにげ出して殺されたんだ。おまいは、かわりに、おれんとこの子になるか。なる? おお、よしよし。」 肉屋が・・・ 鈴木三重吉 「やどなし犬」
・・・けれどもこの七篇はそれぞれ、私の生涯の小説の見本の役目をなした。発表の当時こそ命かけての意気込みもあったのであるが、結果からしてみると、私はただ、ジャアナリズムに七篇の見本を提出したに過ぎないということになったようである。私の小説に買い手が・・・ 太宰治 「もの思う葦」
・・・われわれの日常生活の皮相的推移の見本がそっくり、あるいは少し誇張されて、眼前に映出されるのを見て珍しがるだけの目的ならばそれは確かに成効と言わなければなるまい。しかしこの概念的記述的なるものの連続の中には詩もなければ音楽もなく、何一つ生活の・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・ ついでながら見本としてこの絵本の第一ページの文句だけを紹介する。発音は自己流でいいかげんのものであるが、およその体裁だけはわかるであろう。フ、プロースチャデイ、バザールノイナ、カランチェー、パジャールノイクルーグルイ、・・・ 寺田寅彦 「火事教育」
・・・たとえばピアノの鍵盤や、オストワルドの色見本は、言わばそういう方向への最初の試歩である。金相学上の顕微鏡写真帳も、そういうスケールを作るための素材の堆積であるとも言われよう、もし、あの複雑な模様を調和分析にかけた上で、これにさらに統計的分析・・・ 寺田寅彦 「感覚と科学」
出典:青空文庫