・・・われ、眼を定めてその人を見れば、面はさながら崑崙奴の如く黒けれど、眉目さまで卑しからず、身には法服の裾長きを着て、首のめぐりには黄金の飾りを垂れたり。われ、遂にその面を見知らざりしかば、否と答えけるに、その人、忽ち嘲笑うが如き声にて、「われ・・・ 芥川竜之介 「るしへる」
・・・ 王子も燕も気がついて見ますとそこには一人のわかい武士と見目美しいおとめとが腰をかけていました。二人はもとよりお話を聞くものがあろうとは思いませんので、しきりとたがいに心のありたけを打ち明かしていました。やがて武士が申しますのには、・・・ 有島武郎 「燕と王子」
・・・一つの道を踏みかけては他の道に立ち帰り、他の道に足を踏み入れてなお初めの道を顧み、心の中に悶え苦しむ人はもとよりのこと、一つの道をのみ追うて走る人でも、思い設けざるこの時かの時、眉目の涼しい、額の青白い、夜のごとき喪服を着たデンマークの公子・・・ 有島武郎 「二つの道」
・・・繰り返しても繰り返しても飽くを知らぬのは、またこの懐旧談で、浮き世の波にもまれて、眉目のどこかにか苦闘のあとを残すかたがたも、「あの時分」の話になると、われ知らず、青春の血潮が今ひとたびそのほおにのぼり、目もかがやき、声までがつやをもち、や・・・ 国木田独歩 「あの時分」
・・・の本心を読んで取ったので、これほどに思っている自分親子をも胸の奥の奥では袖にしている源三のその心強さが怨めしくもあり、また自分が源三に隔てがましく思われているのが悲しくもありするところから、悲痛の色を眉目の間に浮めて、「じゃあ吾家の母様・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
・・・自分を見て、ちょっと首を低くして挨拶したが、その眉目は既に分明には見えなかった。五位鷺がギャアと夕空を鳴いて過ぎた。 その翌日も翌日も自分は同じ西袋へ出かけた。しかしどうした事かその少年に復び会うことはなかった。 西袋の釣はその歳限・・・ 幸田露伴 「蘆声」
むかし湖南の何とやら郡邑に、魚容という名の貧書生がいた。どういうわけか、昔から書生は貧という事にきまっているようである。この魚容君など、氏育ち共に賤しくなく、眉目清秀、容姿また閑雅の趣きがあって、書を好むこと色を好むが如し・・・ 太宰治 「竹青」
・・・この人気に対して一種の不安の色が彼の眉目の間に読まれる。のみならず「はやりものだな」という言葉が彼の口から洩れた。しかしこれは悪く取ってはいけない、無理のないところもあると著者が弁護している。 それから古典教育に関する著者の長い議論があ・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
・・・そのときのこの若くて眉目秀麗な力士の姿態にどこか女らしくなまめかしいところのあるのを発見して驚いたことであった。四 大学生時代に回向院の相撲を一二度見に行ったようであるがその記憶はもうほとんど消えかかっている。ただ、常陸山、・・・ 寺田寅彦 「相撲」
・・・彼は眉目形の美しい男だという評判を、私は東京で時々耳にしていた。雪江は深い愛着を彼にもっていた。 私はこの海辺の町についての桂三郎の説明を聞きつつも、六甲おろしの寒い夜風を幾分気にしながら歩いていた。「いいえ、ここはまだ山手とい・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
出典:青空文庫