・・・長崎あたりの村々には、時々日の暮の光と一しょに、天使や聖徒の見舞う事があった。現にあのさん・じょあん・ばちすたさえ、一度などは浦上の宗徒みげる弥兵衛の水車小屋に、姿を現したと伝えられている。と同時に悪魔もまた宗徒の精進を妨げるため、あるいは・・・ 芥川竜之介 「おぎん」
・・・ ◇ 僕は又滝田君の病中にも一度しか見舞うことが出来なかった。滝田君は昔夏目先生が「金太郎」とあだ名した滝田君とは別人かと思うほど憔悴していた。が、僕や僕と一しょに行った室生犀生君に画帖などを示し、相変らず元気に話をし・・・ 芥川竜之介 「滝田哲太郎君」
・・・ 不時の回診に驚いて、ある日、その助手たち、その白衣の看護婦たちの、ばらばらと急いで、しかも、静粛に駆寄るのを、徐ろに、左右に辞して、医学博士秦宗吉氏が、「いえ、個人で見舞うのです……皆さん、どうぞ。」 やがて博士は、特等室・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・一代の奇才は死の瞬間までも世間を茶にする用意を失わなかったが、一人の友人の見舞うものもない終焉は極めて淋しかった。それほど病気が重くなってるとは知らなかったので、最一度尋ねるつもりでツイそれなりに最後の皮肉を訊かずにしまったのを今なお残惜し・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・ ところが、四五日たって、新婚の夫婦を見舞うと、細君は変な顔をしていた。私は細君がいない隙をうかがって、「どうした、喧嘩でもしたのか」ときくと、「喧嘩はせんがね。どうもうまく行かん」「立ち入ったことをきくが、肉体的に一致せん・・・ 織田作之助 「鬼」
・・・種吉の所へ行き、お辰の病床を見舞うと、お辰は「私に構わんと、はよ維康さんとこイ行ったりイな」そして、病気ではご飯たきも不自由やろから、家で重湯やほうれん草炊いて持って帰れと、お辰は気持も仏様のようになっており、死期に近づいた人に見えた。・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・泥靴の夢を見たならば、一週間以内に必ずどろぼうが見舞うものと覚悟をするがいい。私を信じなければ、いけない。げんに私が、その大泥靴の夢を見ながら、誰も私に警報して呉れぬものだから、どうにも、なんだか気にかかりながら、その夢の真意を解くことが出・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・浅草の親戚を見舞うことは断念して松住町から御茶の水の方へ上がって行くと、女子高等師範の庭は杏雲堂病院の避難所になっていると立札が読まれる。御茶の水橋は中程の両側が少し崩れただけで残っていたが駿河台は全部焦土であった。明治大学前に黒焦の死体が・・・ 寺田寅彦 「震災日記より」
・・・ 十四 大正十二年のような地震が、いつかは、おそらく数十年の後には、再び東京を見舞うだろうということは、これを期待する方が、しないよりも、より多く合理的である。その日が来た時に、東京はどうなるだろう。おそらく・・・ 寺田寅彦 「鑢屑」
・・・白いこの海岸の町を、私はおそらくふたたび見舞うこともないであろう。 徳田秋声 「蒼白い月」
出典:青空文庫