・・・千倍ぐらいになりますと、下のレンズの直径が非常に小さくなり、従って視野に光があまりはいらなくなりますので、下のレンズを油に浸してなるべく多くの光を入れて物が見えるようにします。二千倍という顕微鏡は、数も少くまたこれを調節することができる・・・ 宮沢賢治 「手紙 三」
・・・決して卑しく求むべきではないし、最上とか何とか先入的な価値の概念は持つべきでないし、同時に、恋愛の本質に素直でそこから自分の誠実さが感じ理解出来るだけのものを余りなく得て全生活を浄め豊かにするだけの、視野の宏大な愛、人間、自分への信任が大切・・・ 宮本百合子 「愛は神秘な修道場」
十一月の中旬に、学友会の雑誌が出る。何か書いたものを送るようにと云う手紙を戴いた。内容は、近頃の自分の生活に就て書いたものでもよいし、又は、旅行記のようなものでもよいと、大変寛大に視野を拡げて与えられた。けれども、こうして・・・ 宮本百合子 「思い出すかずかず」
・・・自分たちの思いつきに対してひろい実際の視野から再考してみる必要がある。対外的の意味で何かやらなければならないという場合、とりつきやすいのは目の前の見た目に立つ趣向である。浦和からの娘子行進にしろ、目に立つことでは成功したろう。けれども、そこ・・・ 宮本百合子 「女の行進」
・・・生産手段の工業化とともに視野はひろがった。馬鋤を押して行きつ戻りつする個人耕作の畦が消えたといっしょに、社会主義的な方法で農業生産に従事する労働者の心持が次第に農民の感情に近いものとなって来た。 ソヴェトの土は、初めて、富農のどんよくな・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・ この前の手紙で申し上たような有様、更に現実はあれより複雑故、一番広い視野で先を見通すものが、こういう中では疲れ、そしてあるところでそのものとしての限度を見出し、それ以上の力こぶは入れても事情は改善されぬと見きわめないと徒らな精力を消耗・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・でもらい始めました。何しろ一ヵ月振りの本だから仲々面白い。でも視野が比較的狭くて歴史のモメントを深く個人の上にみないからその点は喰い足りず。赤チャンの名前が男の子はまた一苦心で、食堂のテーブルが賑わいます。今、照二郎というのを思いつき、かな・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・右のはずれの方には幅広く視野をさえぎって、海軍参考館の赤煉瓦がいかめしく立ちはだかっている。 渡辺はソファに腰をかけて、サロンの中を見廻した。壁のところどころには、偶然ここで落ち合ったというような掛け物が幾つもかけてある。梅に鶯やら、浦・・・ 森鴎外 「普請中」
・・・ここでは街々の客観物は彼の二つの視野の中で競争した。 北方の高台には広々とした貴族の邸宅が並んでいた。そこでは最も風と光りが自由に出入を赦された。時には顕官や淑女がその邸宅の石門に与える自身の重力を考えながら自働車を駈け込ませた。時には・・・ 横光利一 「街の底」
・・・日本の文芸の作品は世界的な広い視野のなかでもっと厳重に淘汰されてよいのである。先生が思い切ってそれをやろうとせられなかったことは、今考えても惜しい気がする。 先生が京都で講義せられていたときのことを後に成瀬無極氏から聞いたことがある。成・・・ 和辻哲郎 「露伴先生の思い出」
出典:青空文庫