・・・街頭に立って大衆に呼びかけ、政治を批判し、当局に対決をいどみ、当時の精神文化指導階級を責め鞭った心事が身に近く共感されるのを覚える。 今日の日本の現状は日蓮の時代と似たおもむきはないであろうか。 われわれは現在の政治的権力、経済的支・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・読んでそういう感じを覚える作家や、本は滅多にないものだ。 僕にとって、トルストイが肥料だった。が、トルストイは、あまりに豊富すぎる肥料で、かえってあぶないようだ。あまりに慾張って、肥料を吸収しすぎた麦は、実らないさきに、青いまゝ倒れて、・・・ 黒島伝治 「愛読した本と作家から」
・・・呉は、そのしてはならぬことを、かげにかくれて反対にやってみせる、それに快よさを覚えるようなたちの男だ。掏摸が一度、豪勢な身なりをしている男の懐中物をくすねて鼻をあかしてやると、その快味が忘れられず、何回もそれを繰りかえし、かっぱらう。そして・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・表裏が如何様に深刻で険危なものであるということを語っている点で甚だ面白いと感ずるのみならず、骨董というものについて一種の淡い省悟を発せしめられるような気味があるので、自分だけかは知らぬが興味あることに覚える。談の中に出て来る人には名高い人も・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・私は力を感じたので、その二匹の馬が私をすぐ身近に放置してきっぱりと問題外にしている無礼に対し、不満を覚える余裕さえなかった。 もう一匹の赤い馬を見た。あるいは同じ馬であったかも知れぬ。針仕事をしていたようであった。しばらくしては・・・ 太宰治 「玩具」
・・・ もともと田島は器量自慢、おしゃれで虚栄心が強いので、不美人と一緒に歩くと、にわかに腹痛を覚えると称してこれを避け、かれの現在のいわゆる愛人たちも、それぞれかなりの美人ばかりではあったが、しかし、すごいほどの美人、というほどのものは無い・・・ 太宰治 「グッド・バイ」
・・・ものを云う事を覚えるのが普通より遅く、そのために両親が心配したくらいで、大きくなってもやはり口重であった。八、九歳頃の彼はむしろ控え目で、あまり人好きのしない、独りぼっちの仲間外れの観があった。ただその頃から真と正義に対する極端な偏執が目に・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・ 私はこの珍しい言葉を覚えるために何遍も口の中で、シッタシズム、シッタシズムと繰り返した。それですっかり記憶してしまったが、それからは何かの拍子にこの妙な言葉が意外な時にひょっくり頭に浮んで来る。このような私の頭の状態もやはりこのイズム・・・ 寺田寅彦 「鸚鵡のイズム」
・・・しく引込め、引廻した屏風の端を引直してから、初めて片膝を蒲団の上に載せるように枕頭に坐って、先ず一服した後の煙管を男に出してやる――そういう時々先生はお妾に対して口には出さない無限の哀傷と無限の感謝を覚えるのである。無限の哀傷は恐ろしい専制・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・たは新しい大久保の家から、何かの用事で小石川の高台を通り過る折にはまだ二十歳にもならぬ学生の裏若い心の底にも、何とはなく、いわば興亡常なき支那の歴代史を通読した時のような淋しく物哀れに夢見る如き心持を覚えるのであった。殊に自分が呱々の声を上・・・ 永井荷風 「伝通院」
出典:青空文庫