・・・唖々子は英語の外に独逸語にも通じていたが、晩年には専漢文の書にのみ親しみ、現時文壇の新作等には見向きだもせず、常にその言文一致の陋なることを憤っていた。 わたしは抽斎伝の興味を説き、伝中に現れ来る蕩子のわれらがむかしに似ていることを語っ・・・ 永井荷風 「梅雨晴」
・・・紅葉先生は硯友社諸先輩の中わたくしには最も親しみが薄いのである。外国語学校に通学していた頃、神田の町の角々に、『読売新聞』紙上に『金色夜叉』が連載せられるという予告が貼出されていたのを見たがしかしわたくしはその当時にはこれを読まなかった。啻・・・ 永井荷風 「正宗谷崎両氏の批評に答う」
・・・いくら哲学的でも、概括的でも、自分の生活に親しみのない以上は、この概括をあえてすると同時にハテおかしいぞ変だなと勘づかなければなりません。勘づいて内省の結果だんだん分解の歩を進めて見ると、なるほど形式の方にはそれだけの手落があり、抜目がある・・・ 夏目漱石 「中味と形式」
・・・もっともこれは創作の低気圧のためであったけれども、来客謝絶は表向き双方同じ事なんだから、この看板を引き下ろさせるだけの縁故も親しみもない両人は、それきり面談をする機会がなかった。 ところがある日の午後湯に行った。着物を脱いで、流しへ這入・・・ 夏目漱石 「長谷川君と余」
・・・啻に出産老病の一事のみならず、人間の子にして父母を親しみ父母を慕い、父母にして子を愛し子を親しむは、天性の約束なるに、女子が他家に嫁したればとて、実の父母を第二にして専ら舅姑の方を親愛し尊敬して孝行せよとは、畢竟出来ぬ事を強うるものと言う可・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・結婚は生涯の一大事にして、其法、西洋諸国にては当局の男女相見て相択び、互に往来し互に親しみ、いよ/\決心して然る後父母に告げ、其同意を得て婚式を行うと言う。然るに日本に於ては趣を異にし、男子女子の為めに配偶者を求むるは父母の責任にして、其男・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・大河内氏は日本の農業精神を土に親しみ、郷土を愛し、奉公の念に満ちているものと内容づけておられるのである。 つい先頃までは、鶏小舎であったところが一寸手を入れられて、副業的作業場となり、村から苦情の出るような賃銀をとって、重工業に参加する・・・ 宮本百合子 「新しい婦人の職場と任務」
・・・ 聴取料が五十銭になったことは、ラジオに対する大衆の親しみを増し、何よりのことと思う。ところでこの間馬場先を通っていたらかねて新聞で披露されていた犯人逮捕用ラジオ自動車が消防自動車のような勢でむこうから疾走して来た。通行人も珍しげにそれ・・・ 宮本百合子 「或る心持よい夕方」
・・・しかし弥一右衛門という男はどこかに人と親しみがたいところを持っているに違いない。それは親しい友達の少いのでわかる。誰でも立派な侍として尊敬はする。しかしたやすく近づこうと試みるものがない。まれに物ずきに近づこうと試みるものがあっても、しばら・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・ この時以来私は松の樹のみならず、あらゆる植物に心から親しみを感ずるようになった。彼らは我々とともに生きているのである。それは誰でも知っている事だが、私には新しい事実としか思えなかった。二 私は高野山へのぼった。そうして・・・ 和辻哲郎 「樹の根」
出典:青空文庫