・・・すると姉や浅川の叔母が、親不孝だと云って兄を責める。――こんな光景も一瞬間、はっきり眼の前に見えるような気がした。「今日届けば、あしたは帰りますよ。」 洋一はいつか叔母よりも、彼自身に気休めを云い聞かせていた。 そこへちょうど店・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・ウヌ生ふざけて……親不孝ものめが、この上にも親の面に泥を塗るつもりか、ウヌよくも……」 おとよは泣き伏す。父はこらえかねた憤怒の眼を光らしいきなり立ち上がった。母もあわてて立ってそれにすがりつく。「お千代やお千代や……早くきてくれ」・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・どうせ一度はさがされて見つけ出されるものを、「お前が早く出れば何の事もなくて助る事の出来る親を自分が出ない許っかりに親を殺してしまってほんとうにこれまでためしのない親不孝の女だ」とにくまないものはなかった。・・・ 著:井原西鶴 訳:宮本百合子 「元禄時代小説第一巻「本朝二十不孝」ぬきほ(言文一致訳)」
・・・三十歳の蝶子も母親の目から見れば子供だと種吉は男泣きした。親不孝者と見る人々の目を背中に感じながら、白い布を取って今更の死水を唇につけるなど、蝶子は勢一杯に振舞った。「わての亭主も病気や」それを自分の肚への言訳にして、お通夜も早々に切り上げ・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・ この親不孝の馬鹿野郎奴!」と怒鳴りつけた。刑事の方がかえって面喰らって、「まあ/\、こういう時にはそれ一人息子だ。優しい言葉の一つ位はかけてやるもンだよ。」すると、くるりと向き直って「えッ、お前さんなんて黙ってけずかれ!」とがなりかえした・・・ 小林多喜二 「母たち」
・・・「姉さん、僕は親不孝だろうか。」 ――男爵は、そこまで考えて来て、頭から蒲団をかぶってしまった。久しぶりで、涙を流した。 すこしずつ変っていた。謂わば赤黒い散文的な俗物に、少しずつ移行していたのである。それは、人間の意志に依る変・・・ 太宰治 「花燭」
・・・これが親不孝のはじめ。 チベット行は、うやむやになったが、勝治は以来、恐るべき家庭破壊者として、そろそろ、その兇悪な風格を表しはじめた。医者の学校へ受験したのか、しないのか、また、次の受験にそなえて勉強しているのか、どうか、まるで当てに・・・ 太宰治 「花火」
・・・睦子が生れてそれから間もなく、島田が出征して、それでもお前は、洋裁だか何だかやってひとりで暮せると言って、島田の親元のほうへも行かず、いや、行こうと思っても、島田もなかなかの親不孝者らしいから親元とうまく折合いがつかなくて、いまさら女房子供・・・ 太宰治 「冬の花火」
・・・ この親不孝者どもが! など叫喚して手がつけられず、私なども、雑誌の小説が全文削除になったり、長篇の出版が不許可になったり、情報局の注意人物なのだそうで、本屋からの注文がぱったり無くなり、そのうちに二度も罹災して、いやもう、ひどいめにばかり・・・ 太宰治 「返事」
出典:青空文庫