・・・ これは私の親戚のもので、東条綱雄と申すものです。と善平に紹介されたる辰弥は、例の隔てなき挨拶をせしが、心の中は穏やかならず。この蒼白き、仔細らしき、あやしき男はそもそも何者ぞ。光代の振舞いのなお心得ぬ。あるいは、とばかり疑いしが、色に・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・東京の大新聞二三種に黒枠二十行ばかりの大きな広告が出て門人高山文輔、親戚細川繁、友人野上子爵等の名がずらり並んだ。 同国の者はこの広告を見て「先生到頭死んだか」と直ぐ点頭いたが新聞を見る多数は、何人なればかくも大きな広告を出すのかと怪む・・・ 国木田独歩 「富岡先生」
・・・彼は二年間の貯蓄の三分の二を平気で擲って、錦絵を買い、反物を買い、母や弟や、親戚の女子供を喜ばすべく、欣々然として新橋を立出った。 翌年、三十一年にめでたく学校を卒業し、電気部の技手として横浜の会社に給料十二円で雇われた。 その後今・・・ 国木田独歩 「非凡なる凡人」
・・・が、そこにもまた、いろいろな手段がとられていて、先日東京から来たある友達の話によると、外米の入っていない県にいる親戚に頼んだり、女中さんの田舎へ云ってやったりして、送ってもらっている者がだいぶあるとか。旱魃を免れた県には、米穀県外移出禁止と・・・ 黒島伝治 「外米と農民」
・・・使い慣れた古道具や、襤褸や、貯えてあった薪などを、親戚や近所の者達に思い切りよくやってしまった。「お前等、えい所へ行くんじゃ云うが、結構なこっちゃ。」古い箕や桶を貰った隣人は羨しそうに云った。「うら等もシンショウをいれて子供をえろうにし・・・ 黒島伝治 「老夫婦」
・・・其後親戚のものから、これを腰にさげて居れば犬が怖れて寄つかぬというて、大きな豹だか虎だかの皮の巾着を貰ったので、それを腰にぶらぶらと下げて歩いたが、何だか怪しいものをさげて居た為めででもあったかして犬は猶更吠えつくようで、しばしば柳屋の前で・・・ 幸田露伴 「少年時代」
・・・死刑に処せられるほどの極悪・重罪の人となることは、家門のけがれ、末代の恥辱、親戚・朋友のつらよごしとして、忌みきらわれるのであろう。すなわち、その恥ずべく、忌むべく、恐るべきは、刑で死ぬということにあるのではなくて、死者その人の極悪の性質、・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・忌わしく恐るべしとするのは何故ぞや、言う迄もなく死刑に処せられるのは必ず極悪の人、重罪の人たることを示す者だと信ずるが故であろう、死刑に処せらるる程の極悪・重罪の人たることは、家門の汚れ、末代の恥辱、親戚・朋友の頬汚しとして忌み嫌われるので・・・ 幸徳秋水 「死生」
過日、わたしはもののはじに、ことしの夏のことを書き添えるつもりで、思わずいろいろなことを書き、親戚から送って貰った桃の葉で僅かに汗疹を凌いだこと、遅くまで戸も閉められない眠りがたい夜の多かったこと、覚えて置こうと思うことも・・・ 島崎藤村 「秋草」
・・・聞いて見ると越後の方から出て来たもので、都にある親戚をたよりに尋ねて行くという。はるばるの長旅、ここまでは辿り着いたが、途中で煩った為に限りある路銀を費い尽して了った。道は遠し懐中には一文も無し、足は斯の通り脚気で腫れて歩行も自由には出来か・・・ 島崎藤村 「朝飯」
出典:青空文庫