・・・じゃ、二人の子供が行けば六百円だ。親父は失業者だし、おふくろは赤ん坊の世話でかまけているとしても、二人の娘は前から駅で働いているから、二人で四百円ぐらい取るだろう。前の六百円と合わせて千円だ。普通十人家族で千二百円引き出せる勘定だが、千円と・・・ 織田作之助 「鬼」
・・・なるほどそんな風に考えたのか、火鉢の傍を離れて自分はせっせと復習をしている、母や妹たちのことを悲しく思いだしているところへ、親父は大胡座を掻いて女のお酌で酒を飲みながら猿面なぞと言って女と二人で声を立てて笑う、それが癪に障ったのはむりもない・・・ 葛西善蔵 「父の出郷」
・・・ ですが親父が帰って来て案じるといけませんから、あまり遠くへは出られませぬ。と光代は浮足。なに、お部屋からそこらはどこもかしこも見通しです。それに私もお付き申しているから、と言っても随分怪しいものですが、まあまあお気遣いのようなことは決・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・その薄い光で一ツの寝床に寝ている弁公の親父の頭がおぼろに見える。 文公の黙っているのを見て、「いつものばばアの宿へなんで行かねえ?」「文なしだ。」「三晩や四晩借りたってなんだ。」「ウンと借りができて、もう行けねえんだ。」・・・ 国木田独歩 「窮死」
・・・『入りそこねて変だから今夜はよそうよ、さっき親父さんが出直せッて言ったから、』とにやにや笑いながら言う。『アラお前さんだったの? 何だか妙なことを言ってたと思ったよ。まアお入りな、かまわないから。』『出直そうよ、ぐずぐずしてると・・・ 国木田独歩 「郊外」
・・・この金八が若い時の事で、親父にも仕込まれ、自分も心の励みの功を積んだので、大分に眼が利いて来て、自分ではもう内ないない、仲間の者にもヒケは取らない、立派な一人前の男になったつもりでいる。実際また何から何までに渡って、随分に目も届けば気も働い・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・文人は文人で自己流の文章を尺度にしてキチンと文体を定めたがッたり、実に馬鹿馬鹿しい想像をもッているのが多いから情ないのサ。親父は親父の了簡で家をキチンと治めたがり、息子は息子の了簡で世を渡りたがるのだからね。自己が大能力があッたら乱雑の世界・・・ 幸田露伴 「ねじくり博士」
・・・同級生たちはもうみんな分別くさい顔の親父になって、町会議員やらお百姓さんやら校長先生やらになりすまし、どうやら一財産こしらえた者みたいに落ちつき払っている。しかし、だんだん話合ってみると、私の同級生は、たいてい大酒飲みで、おまけに女好きとい・・・ 太宰治 「やんぬる哉」
・・・たとえばだいじのむすこを毒殺された親父の憂鬱を表現する室内のシーンでもその画面の明暗の構図の美しさはさまにレンブラントを想起させるものがあるが、この場面のいろいろなヴァリエーションが少なくも多くの日本人には少し長すぎるであろうと思われる。し・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・その時宅から持って行った葡萄酒やベルモットを試みに女中の親父に飲ませたら、こんな珍しい酒は生れて始めてだと云ってたいそう喜んだが、しかしよほど変な味がするらしく小首を傾けながら怪訝な顔をして飲んでいた。そうして、そのあとでやっぱり日本酒の方・・・ 寺田寅彦 「海水浴」
出典:青空文庫