・・・だって、覿面に綺麗な鬼になったじゃあないか。……どうせそうよ、……私は鬼よ。――でも人に食われる方の……なぞと言いながら、でも可恐いわね、ぞっとする。と、また口を手巾で圧えていたのさ。」「ふーん。」と料理番は、我を忘れて沈んだ声して、・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・ そんな愚かな考えの者は、覿面に世の中から手ひどいしっぺ返しを喰うに極っているから」「いや僕もけっしてその、経済関係を無視するとかそんな大それた気持からではないのだがね、またそれを無視するほどの元気な気持であれば、きっと僕にも何かできる・・・ 葛西善蔵 「遁走」
・・・父の矛盾は覿面に子に来た。兄弟であって、同時に競争者――それは二人の子供に取って避けがたいことのように見えた。なるべく思い思いの道を取らせたい。その意味から言っても、私は二人の子供を引き離したかった。「次郎ちゃん、おもしろい話があるんだ・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・ちと人が悪いようなれども一切只にて拝見したる報いは覿面、腹にわかに痛み出して一歩もあゆみ難くなれり。近きベンチへ腰をかけて観音様を祈り奉る俄信心を起すも霊験のある筈なしと顔をしかめながら雷門を出づれば仁王の顔いつもよりは苦し。仲見世の雑鬧は・・・ 寺田寅彦 「半日ある記」
・・・事によったら例のファキイルと云う奴がアルラア・アルラアを唱えて、頭を掉っているうちに、覿面に神を見るように、神経に刺戟を加えて行って、一時幻視幻聴を起すに至るのではあるまいか。 僕をこの催しに誘い出したのは、写真を道楽にしている蔀君と云・・・ 森鴎外 「百物語」
・・・これはギリシア人などが極力驕慢を警戒したのと同じ考えで、ギリシアにおいても神々の罰が覿面に下ったのである。しかし彼はそのあとへ、「位よりも卑下すれば、我身の罰が当る」と付け加えている。自敬の念を失うことは、驕慢と同じく罰に価するのである。こ・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫