・・・ と、甘谷という横肥り、でぶでぶと脊の低い、ばらりと髪を長くした、太鼓腹に角帯を巻いて、前掛の真田をちょきんと結んだ、これも医学の落第生。追って大実業家たらんとする準備中のが、笑いながら言ったのである。 二人が、この妾宅の貸ぬしのお・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・あの腹掛のドンブリに、古風な財布をいれて、こう懐手して歩くと、いっぱしの、やくざに見えます。角帯も買いました。締め上げると、きゅっと鳴る博多の帯です。唐桟の単衣を一まい呉服屋さんにたのんで、こしらえてもらいました。鳶の者だか、ばくち打ちだか・・・ 太宰治 「おしゃれ童子」
・・・最上等の麻の着物と、縫紋の羽織と夏袴と、角帯、長襦袢、白足袋、全部そろえて下さいと願ったのだが、中畑さんも当惑の様子であった。とても間に合いません。袴や帯は、すぐにととのえる事も出来ますが、着物や襦袢はこれから柄を見たてて仕立てさせなければ・・・ 太宰治 「帰去来」
・・・私、二十一歳の冬に角帯しめて銀座へ遊びにいって、その晩、女が私の部屋までついて来て、あなたの名まえなんていうの? と聞くから、ちょうど、そこに海野三千雄、ね、あの人の創作集がころがっていて、私は、海野三千雄、と答えてしまった。女は、私を三十・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・朝起きた時から、よごれの無い、縞目のあざやかな着物を着て、きっちり角帯をしめている。ちょっと近所の友人の家を訪れる時にも、かならず第一の正装をするのだ。ふところには、洗ったばかりのハンケチが、きちんと四つに畳まれてはいっている。 私は、・・・ 太宰治 「新郎」
・・・さまざまの背広服のほかに、学生服を着たり、菜葉服を着たり、あるときには角帯に白足袋という恰好で私を狼狽させ赤面させた。彼の平然と呟くところに依れば、彼がこのようにしばしば服装をかえるわけは、自分についてどんな印象をもひとに与えたくない心から・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
・・・紺絣に角帯というのもまた珍妙な風俗ですね。これあいかん。襦袢の襟を、あくまでも固くきっちり合せて、それこそ、われとわが襟でもって首をくくって死ぬつもり、とでもいったようなところだ。ひどいねえ。矢庭にこの写真を、破って棄てたい発作にとらわれる・・・ 太宰治 「小さいアルバム」
・・・なんという布地か、私にはわかりませんけれど、濃い青色の厚い布地の袷に、黒地に白い縞が一本はいっている角帯をしめていました。書斎は、お茶室の感じがしました。床の間には、漢詩の軸。私には、一字も読めませんでした。竹の籠には、蔦が美しく活けられて・・・ 太宰治 「恥」
ほんの一時ひそかに凝った事がある。服装に凝ったのである。弘前高等学校一年生の時である。縞の着物に角帯をしめて歩いたものである。そして義太夫を習いに、女師匠のもとへ通ったのである。けれどもそれは、ほんの一年間だけの狂態であっ・・・ 太宰治 「服装に就いて」
・・・そのころの給仕人は和服に角帯姿であったが、震災後向かい側に引っ越してからそれがタキシードか何かに変わると同時にどういうものか自分にはここの敷居が高くなってしまった、一方ではまたSとかFとかKとかいうわれわれ向きの喫茶店ができたので自然にそっ・・・ 寺田寅彦 「コーヒー哲学序説」
出典:青空文庫