・・・(そは作者の知る処に非とにかく珍々先生は食事の膳につく前には必ず衣紋を正し角帯のゆるみを締直し、縁側に出て手を清めてから、折々窮屈そうに膝を崩す事はあっても、決して胡坐をかいたり毛脛を出したりする事はない。食事の時、仏蘭西人が極って Ser・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・彼は白足袋に角帯で単衣の下から鼠色の羽二重を掛けた襦袢の襟を出していた。「今日はだいぶしゃれてるじゃないか」「昨夕もこの服装ですよ。夜だからわからなかったんでしょう」 自分はまた黙った。それからまたこんな会話を二、三度取りかわし・・・ 夏目漱石 「手紙」
・・・ 体の小柄な、黒い顔のテカテカした年より大変老けて見える父親は、素末な紺がすりに角帯をしめて、関西の小商人らしい抜け目がないながら、どっか横柄な様な態度で、主婦の事を、 お家はん、お家はん。と云って、話して居た。 此・・・ 宮本百合子 「黒馬車」
・・・往復の電車に一人も見えない時などには随分と心細く、キリリシャンとした角帯がなつかしい気になるが、京橋辺で思いがけない江戸っ子の女になんかあうとめっぽう心太くなってしまう。 私はもう十五にもなって居て……昔なら御手玉もって御嫁に行った・・・ 宮本百合子 「芽生」
出典:青空文庫