・・・ 洋一は陰気な想像から、父の声と一しょに解放された。見ると襖の明いた所に、心配そうな浅川の叔母が、いつか顔だけ覗かせていた。「よっぽど苦しいようですがね、――御医者様はまだ見えませんかしら。」 賢造は口を開く前に、まずそうに刻み・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・その時彼女の心の上には、あらゆる経験を超越した恐怖が、…… 房子は一週間以前の記憶から、吐息と一しょに解放された。その拍子に膝の三毛猫は、彼女の膝を飛び下りると、毛並みの美しい背を高くして、快さそうに欠伸をした。「そんな気は誰でも致・・・ 芥川竜之介 「影」
・・・かかる保証を有ちながら、私が所有地解放を断行しなかったのは、私としてはなはだ怠慢であったので、諸君に対しことさら面目ない次第です。 だいたい以上の理由のもとに、私はこの土地の全体を諸君全体に無償で譲り渡します。ただし正確にいうと、私の徴・・・ 有島武郎 「小作人への告別」
・・・しかしながらこの迷信からの解放は今成就されんとしつつあるように見える。 労働者は人間の生活の改造が、生活に根ざしを持った実行の外でしかないことを知りはじめた。その生活といい、実行といい、それは学者や思想家には全く欠けたものであって、問題・・・ 有島武郎 「宣言一つ」
・・・自由に対する慾望とは、啻に政治上または経済上の束縛から個人の意志を解放せむとするばかりでなく、自己みずからの世界を自己みずからの力によって創造し、開拓し、司配せんとする慾望である。我みずから我が王たらんとし、我がいっさいの能力を我みずから使・・・ 石川啄木 「初めて見たる小樽」
・・・正倉院の門戸を解放して民間篤志家の拝観を許されるようになったのもまた鴎外の尽力であった。この貴重な秘庫を民間奇特者に解放した一事だけでも鴎外のような学術的芸術的理解の深い官界の権勢者を失ったのは芸苑の恨事であった。 鴎外は早くから筆・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・この不自由な、醜い、矛盾と焦燥と欠乏と腹立たしさの、現実の生活から、解放される日は、そのときであるような気がしたのです。「おれは、こんな形のない空想をいだいて、一生終わるのでないかしらん。いやそうでない。一度は、だれの身の上にもみるよう・・・ 小川未明 「希望」
・・・これ故に、今日以後、真の作家たらんとする者は、いずれよりも解放された新人でなければならない。特に、今日の資本主義に反抗して、芸術を本来の地位に帰す戦士でなければなりません。かゝる芸術の受難時代が、いつまでつゞくか分りませんが、考えようによっ・・・ 小川未明 「作家としての問題」
・・・サルトルは解放するが、救いを求めない。 いずれにしても、自然主義以来人間を描こうという努力が続けられながら、ついに美術工芸的心境小説に逃げ込んでしまった日本の文学には、「人間」は存在しなかったといっても過言でない以上、人間の可能性の追究・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・その他などに現れた先生の芸術云々――モグラモチのように真暗な地の底を掘りながら千辛万苦して生きて行かねばならぬ罪人の生活、牢獄の生活から私が今解放されて満足を与えられつつあるのは云々――私に生きて行かねばならぬ私であることを訓えてくださった・・・ 葛西善蔵 「死児を産む」
出典:青空文庫