・・・客と、銑吉との間へ入って腰を掛けた、中でも、脊のひょろりと高い、色の白い美童だが、疳の虫のせいであろう、……優しい眉と、細い目の、ぴりぴりと昆虫の触角のごとく絶えず動くのが、何の級に属するか分らない、折って畳んだ、猟銃の赤なめしの袋に包んだ・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・美しいもの――と言って無気力な私の触角にむしろ媚びて来るもの。――そう言ったものが自然私を慰めるのだ。 生活がまだ蝕まれていなかった以前私の好きであった所は、たとえば丸善であった。赤や黄のオードコロンやオードキニン。洒落た切子細工や典雅・・・ 梶井基次郎 「檸檬」
・・・翼の粉末が、折れた脚が、眼玉が、触角が、長い舌が、降るように落ちる。 食べたいものは、なんでも、と言われて、あずきかゆ、と答えた。老人が十八歳で始めて小説というものを書いたとき、臨終の老人が、あずきかゆ、を食べたいと呟くところの描写をな・・・ 太宰治 「逆行」
・・・長い細い触角でもって虚空を手さぐり、ほのかに、煙くらいの眠りでも捜し当てたからには、逃がすものか、ぎゅっとひっ捕えて、あわてて自分のふところを裁ち割り、無理矢理そのふところの傷口深く、睡眠の煙を詰め込んで、またも、ゆらゆら触角をうごかす。眠・・・ 太宰治 「春の盗賊」
出典:青空文庫