・・・然し一人が言い出す時分にゃ十人か五人は同じ事を考えてるもんだよ。A あれは尾上という人の歌そのものが行きづまって来たという事実に立派な裏書をしたものだ。B 何を言う。そんなら君があの議論を唱えた時は、君の歌が行きづまった時だったのか・・・ 石川啄木 「一利己主義者と友人との対話」
・・・ここまで話が迫ると、もうその先を言い出すことは出来ない。話は一寸途切れてしまった。 何と言っても幼い両人は、今罪の神に翻弄せられつつあるのであれど、野菊の様な人だと云った詞についで、その野菊を僕はだい好きだと云った時すら、僕は既に胸に動・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・兄は語を進めて、「こう言い出すからにゃおれも骨を折るつもりだど、ウン世間がやかましい……そんな事かまうもんか。おッ母さんもおきつも大反対だがな、隣の前が悪いとか、深田に対してはずかしいとかいうが、おれが思うにゃそれは足もとの遠慮というも・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・ それを察した相手が、安全なうちにと、暇をいただきたい旨言い出すと、お前は、「――どうして、そんなこと言うんです。×子さん、何故、居て下さらんのか」 と、ぼろぼろ泪をこぼして、浅ましい。嘘の泪が本当とすれば、恐らく折角手折ろうと・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・と淡海節の文句を言い出すほどの上機嫌だった。向い側の果物屋は、店の半分が氷店になっているのが強味で氷かけ西瓜で客を呼んだから、自然、蝶子たちは、切身の厚さで対抗しなければならなかった。が、言われなくても種吉の切り方は、すこぶる気前がよかった・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・ と言うと、その女はいきなりとめどもなく次のようなことを言い出すのだった。それはその病気は医者や薬ではだめなこと、やはり信心をしなければとうてい助かるものではないこと、そして自分も配偶があったがとうとうその病気で死んでしまって、その後自・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
・・・そんなこんなで前借のこと親方に言い出すのは全く厭だったけど、言わないじゃおられんから帰りがけに五円貸してくれろと言うと、へん仕事は怠けて前借か、俺も手前の図々しいのには敵わんよ、そらこれで可かろうって二円出して与こしたのだ。仕方が無いじゃア・・・ 国木田独歩 「竹の木戸」
・・・ 四 村長は高山の依頼を言い出す機会の無いのに引きかえて校長細川繁は殆ど毎夜の如く富岡先生を訪うて十時過ぎ頃まで談話ている、談話をすると言うよりか寧ろその愚痴やら悪口やら気焔やら自慢噺やらの的になっている。先生・・・ 国木田独歩 「富岡先生」
・・・ すぐ、また言い出す。「おばさん、おどろくでしょうね。」汽車が発車するまでは、やはり落ちつかぬ様子であった。「よろこぶだろう。きっと。」発車した。かず枝は、ふっとこわばった顔になりきょろとプラットフォームを横目で見て、これでおし・・・ 太宰治 「姥捨」
・・・う尊いお姿が、うごめいていて、そうして夜網にひっかかったの、ぱくりと素早くたべるとか何とか言って、しまいには声をふるわせて、一丈の山椒魚を見たい、せめて六尺でもいい、それはどのように見事だろう、なんて言い出す始末なので、私は、がっかりした。・・・ 太宰治 「黄村先生言行録」
出典:青空文庫