・・・ と、ひとりぶつぶつ不平を言い出す。 母は、一歳の次女におっぱいを含ませながら、そうして、お父さんと長女と長男のお給仕をするやら、子供たちのこぼしたものを拭くやら、拾うやら、鼻をかんでやるやら、八面六臂のすさまじい働きをして、「・・・ 太宰治 「桜桃」
・・・ といやにあらたまったみたいな、興ざめた事を言い出すので、私はひどく恰好が悪くなり、「でも、あなた、お変りになったわよ。」 と顔を伏せて小声で言いました。(私は、あなたに、いっそ思われていないほうが、あなたにきらわれ、憎まれ・・・ 太宰治 「おさん」
・・・とわざと嗄れた声を作って言い出すのだから、実に、どうにも浅間しく複雑で、何が何だか、わからなくなるのである。女の癖に口鬚を生やし、それをひねりながら、「そもそも女というものは、」と言い出すのだから、ややこしく、不潔に濁って、聞く方にとっては・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・気持は堪えられないくらいに厳粛にこわばっていながら、ふいと、冗談を言い出すのです。のがれて都を出ましたというのも、私の苦しまぎれのお道化でした。態度が甚だふざけています。だいいち、あの女流作家に対して失礼です。けれども私は今、出鱈目を言わず・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・私の腐った唇から、明日の黎明を言い出すことは、ゆるされない。裏切者なら、裏切者らしく振舞うがいい。『職人ふぜい。』と噛んで吐き出し、『水呑百姓。』と嗤いののしり、そうして、刺し殺される日を待って居る。かさねて言う、私は労働者と農民とのちから・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・それを言い出すには、何よりもまず、「勇気」を要する。私のいま夢想する境涯は、フランスのモラリストたちの感覚を基調とし、その倫理の儀表を天皇に置き、我等の生活は自給自足のアナキズム風の桃源である。・・・ 太宰治 「苦悩の年鑑」
・・・「君は、今になって、そんな事を言い出すのは、卑怯だ。それじゃ、まるで、僕が君にからかわれて、ここまでやって来たようなものだ。」「なんですか。」熊本君は、私たちが言い争いをはじめたら、奇妙に喜びを感じた様子で、くるりと、またこちらに向き直・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・私は、いままで、自分が、よいしょなんて、げびた言葉を言い出す女だとは、思ってなかった。よいしょ、なんて、お婆さんの掛声みたいで、いやらしい。どうして、こんな掛声を発したのだろう。私のからだの中に、どこかに、婆さんがひとつ居るようで、気持がわ・・・ 太宰治 「女生徒」
・・・どうです、和子さん、僕の新しい指導のもとに、もう一度、文章の勉強をなさいませぬか、僕は、必ずや、などとずいぶんお酒に酔ってもいましたが、大袈裟な事を片肘張って言い出す仕末で、果ては、さあ僕と握手をしましょうと、しつこくおっしゃるので、父も母・・・ 太宰治 「千代女」
・・・、結果に於いては、汚い手前味噌になるのではあるまいか、映画であったら、まず予告篇とでもいったところか、見え透いていますよ、いかに伏目になって謙譲の美徳とやらを装って見せても、田舎っぺいの図々しさ、何を言い出すのかと思ったら、創作の苦心談だっ・・・ 太宰治 「鉄面皮」
出典:青空文庫