・・・大笑いのあとにでも、あたりの雰囲気におかまいなしに、一瞬、もう静かな口調で、ものを言い出す。へんな癖である。「あたしは、そうは思わない。あたしは、どんな男の人でも、尊敬している。」 数枝は、流石に気まずくなった。われにも無く、むりにしん・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・けなしても、ほめても、母の事を言い出すのは禁物の如くに見えた。ひどい嫉妬だ、と私はひとり合点した。「よく逢えたね。」私は、すかさず話頭を転ずる。「時間をきめてあの本屋で待ち合せていたようなものだ。」「本当にねえ。」と、こんどは私の甘・・・ 太宰治 「メリイクリスマス」
・・・無理矢理、自分のボックスに坐らせて、ゆるゆると厭味を言い出す。これが、怺えられぬ楽しみである。家へ帰る時には、必ず、誰かに僅かなお土産を買って行く。やはり、気がひけるのである。このごろは、めっきり又、家族の御機嫌を伺うようになった。勲章を発・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・誰が云い出した言葉か知れないが、こういう言葉は誰かが言い出すときっと流行するという性質をはじめから具有した言葉である。それは、既に博士である人達にとっても、また自分で博士になることに関心をもたない一般世人にとっても耳に入りやすい口触わりの好・・・ 寺田寅彦 「学位について」
・・・平生何事か言い出すとあとへ引かぬ甚五郎は、とうとう蜂谷の大小を取って、自分の大小を代りに残して立ち退いたというのである。源太夫は家康にこの話をして、何を言うにも年若の甚五郎であるから、上の思召しで助命していただければよし、もしかなわぬ事なら・・・ 森鴎外 「佐橋甚五郎」
出典:青空文庫