・・・そしてお互いにもはや言い合うようなことも尽きて、身体を横にして、互いに顰め面をしていたのだ。 そこへ土井がやってきた。彼はむずかしい顔して、行儀よく坐ったが、「君のところへは案内状が行ったかね?」と、私は訊いた。「いや来ない……・・・ 葛西善蔵 「遁走」
・・・人に手紙を出すのも、旅行するのも、聖書を読むのも、女と遊ぶのも、井原と冗談を言い合うのも、みんな君の仕事に直接、役立つようにじたばた工夫しているのだから、かなわない。そんなに「傑作」が書きたいのかね。傑作を書いて、ちょっと聖人づらをしたいの・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・それは東雲の客の吉さんというので、小万も一座があッて、戯言をも言い合うほどの知合いである。「吉里さん、後刻に遊びにおいでよ」と、小万は言い捨てて障子をしめて、東雲の座敷へ急いで行ッてしまった。 その日の夜になッても善吉は帰らなかッた・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
出典:青空文庫