・・・ 温灸という言葉ならあるが、温泉灸療法とは変な言葉だと、われながら噴きだしたくなるのをこらえこらえ、おごそかに言い渡したものだ。 病人というものはいったいに正直なものだが、おまけに年寄りで、広告にひきつけられて灸をしに来るというから・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・ と実に威張って言い渡した。 そうしてお酒を一本飲み、その次はビイル、それからまたお酒という具合いに、交る交る飲み、私はその豪放な飲みっぷりにおそれをなし、私だけは小さい盃でちびちび飲みながら、やがてそのひとの、「国を出る時や玉の肌・・・ 太宰治 「酒の追憶」
・・・お前とわかれて、そうしてあの酒乱の笠井氏を見かえしてやらなければならぬ、と実は、わかれる気なんかみじんも無かったのに、一つにはまた、この際、彼女の恋の心の深さをこころみたい気持もあって、まことしやかに言い渡したのでした。 女は、その夜、・・・ 太宰治 「女類」
・・・父は薄笑いして、勝治の目前で静かに言い渡した。「低能だ。」「なんだっていい、僕は行くんだ。」「行ったほうがよい。歩いて行くのか。」「ばかにするな!」勝治は父に飛びかかって行った。これが親不孝のはじめ。 チベット行は、うや・・・ 太宰治 「花火」
・・・軍隊の命令は、総て、天皇陛下のお言渡しと心得ろと然う言って叱って返した。秋山さんも、何うも為方がねえ。 尤も奥さんの綾子さんの方でも、随分気はつけていた。遺書のようなものを、肌を離さずに持っていたのを、どうかした拍子に、ちらと見てからと・・・ 徳田秋声 「躯」
・・・叔父は一面詞を尽して慰めたが、一面女は連れて行かぬと、きっぱり言い渡した。りよは涙を拭いて、縫いさした脚絆をそっと側にあった風呂敷包の中にしまった。 酒井忠実は月番老中大久保加賀守忠真と三奉行とに届済の上で、二月二十六日附を以て、宇・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・とでも言おうか。しかし佐佐は何も言わなかった。 次いで佐佐は何やら取調役にささやいたが、まもなく取調役が町年寄に、「御用が済んだから、引き取れ」と言い渡した。 白州を下がる子供らを見送って佐佐は太田と稲垣とに向いて、「生先の恐ろしい・・・ 森鴎外 「最後の一句」
・・・梅と婚礼をせいと云う託宣なんぞも、やっぱりお梅さんが言い渡して置いて、箕村が婚礼の支度をすると、お梅さんは驚いた顔をして、お娵さんはどちらからお出なさいますと云ったそうだ。僕は神慮に称っていると見えて、富田に馳走をせいと云う託宣があるのだ。・・・ 森鴎外 「独身」
出典:青空文庫