・・・事をなすに当って設備の道を講ずるは毫も怪しむに当らない。或人の話に現時操觚を業となすものにして、その草稿に日本紙を用うるは生田葵山子とわたしとの二人のみだという。亡友唖々子もまたかつて万年筆を手にしたことがなかった。 千朶山房の草稿もそ・・・ 永井荷風 「十日の菊」
・・・これに反して電車や電話の設備があるにしても是非今日は向うまで歩いて行きたいという道楽心の増長する日も年に二度や三度は起らないとも限りません。好んで身体を使って疲労を求める。吾々が毎日やる散歩という贅沢も要するにこの活力消耗の部類に属する積極・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・既に根本が此処で極まりさえすれば、他の設備は殆んど装飾に過ぎない。。余は政府が文芸保護の最急政策として、何故にまず学校教育の遠き源から手を下さなかったかを怪むのである。それほど大仕掛の手数を厭う位なら、ついでに文芸院を建てる手数をも厭った方・・・ 夏目漱石 「文芸委員は何をするか」
・・・ただ私の場合は、用具や設備に面倒な手間がかかり、かつ日本で入手の困難な阿片の代りに、簡単な注射や服用ですむモルヒネ、コカインの類を多く用いたということだけを附記しておこう。そうした麻酔によるエクスタシイの夢の中で、私の旅行した国々のことにつ・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・一通り中の設備を見てからネネムは警察長と向い合って一つのテーブルに座りました。警察長は新聞のくらいある名刺を出してひろげてネネムに恭々しくよこしました。見ると、 ケンケンケンケンケンケン・クエク警察長と書いてあります。ネネムは「・・・ 宮沢賢治 「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」
・・・ 工場の昨今では、早出、残業、夜業は普通であるし、設備の不十分な下請け工場の簇出と不熟練工の圧倒的多数という条件は、工場内での災害をこれまでの倍にした。警視庁がこれに対して、十二時間を限度とする警告を発したのは遠いことではなかった。母性・・・ 宮本百合子 「新しい婦人の職場と任務」
・・・ふと私は民間自動車のラジオは許されていず、その設備のある新車体はセットをはずして車体検査を受けねばならぬという事実を想い起し、改めて悠々と走り去るラジオ自動車を眺めた。 宮本百合子 「或る心持よい夕方」
・・・そのように十分の看護婦が配置されているサナトリアムの設備におどろくのです。 看護婦というと、日本のこれまでの感情では何となしあらゆる困難に対して献身的で犠牲の精神にしたがっている人々であり、おとなしくやさしく患者のたのみをきく人ばかりを・・・ 宮本百合子 「生きるための協力者」
・・・ソヴェトで工場が建ち集団農場が一つふえたということは、だから必ず同時に、そこには労働者クラブ、托児所が建ち或る場合にはごく新式の設備をもった住宅さえ立ち並ぶことを意味するのだ。 労働者クラブは、現在ソヴェトに五六四〇〇ある。 そのク・・・ 宮本百合子 「「鎌と鎚」工場の文学研究会」
・・・彼らを理解に導いて行く機会と設備とをさえ整えれば、――そうして国家が精神的才能の活用法に十分心を用うれば、――平民主義の下にもより美しい芸術の時代が現出し得るだろう。――この民衆教化が第二の任務である。 しかし現在露国の一部労働者が芸術・・・ 和辻哲郎 「世界の変革と芸術」
出典:青空文庫