・・・第二に不平を訴えるのに好い。第三に――いてもいないでも好い。 罪「その罪を憎んでその人を憎まず」とは必しも行うに難いことではない。大抵の子は大抵の親にちゃんとこの格言を実行している。 桃李「桃李言わざ・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・そこで、彼は、今まで胸中に秘していた、最後の手段に訴える覚悟をした。最後の手段と云うのは、ほかでもない。修理を押込め隠居にして、板倉一族の中から養子をむかえようと云うのである。―― 何よりもまず、「家」である。当主は「家」の前に、犠牲に・・・ 芥川竜之介 「忠義」
・・・が、すぐに思い切った眼を挙げると、訴えるように老人の顔を見ながら、「それも今の私には出来ません。ですから私はあなたの弟子になって、仙術の修業をしたいと思うのです。いいえ、隠してはいけません。あなたは道徳の高い仙人でしょう。仙人でなければ・・・ 芥川竜之介 「杜子春」
・・・ 笠井が逸早く仁右衛門を見付けてこういうと、仁右衛門の妻は恐れるように怨むように訴えるように夫を見返って、黙ったまま泣き出した。仁右衛門はすぐ赤坊の所に行って見た。章魚のような大きな頭だけが彼れの赤坊らしい唯一つのものだった。たった半日・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・したがって私の仕事は第四階級者以外の人々に訴える仕事として始終するほかはあるまい。世に労働文芸というようなものが主張されている。またそれを弁護し、力説する評論家がある。彼らは第四階級以外の階級者が発明した文字と、構想と、表現法とをもって、漫・・・ 有島武郎 「宣言一つ」
・・・ 広津氏は、芸術は超階級的超時代的な要素を持っているもので、よい芸術は、いかなる階級の人にも訴える力を持っている。それゆえ私が芸術家としての立場を、ブルジョア階級に定め、その作品はブルジョアに訴えるために書かれるものだと、宣言したに対し・・・ 有島武郎 「広津氏に答う」
・・・吉弥は訴えるようにお袋をながめた。「じゃア」と、お袋は娘と僕とを半々に見て、「私に弾けなくッても困るから、やさしい物を一つやってごらん。――『わが物』がいい、傘を持ってることにして、さ」三味線を娘から受け取って、調子を締めた。「まる・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・それが本当の文学で、それが私の心情に訴える文学。……文学とは何でもない、われわれの心情に訴えるものであります。文学というものはソウいうものであるならば……ソウいうものでなくてはならぬ……それならばわれわれはなろうと思えば文学者になることがで・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・いままで黙って煙突のいうことを聞いていましたが、急に太陽に向かって、訴えるようにいいました。「お日さま、どうか私のいうことをお聞きください。私は、この寒さで、根が凍って枯れそうになっています。そのうえ、私は、もう年をとっていて元気があり・・・ 小川未明 「煙突と柳」
・・・すこしばかり前、かたわらにあった小さな荷物を指しながら、訴えるように、うなずいて見せたのでした。 夜明け方になって、ついに雨となったのであります。B医師は、老人が身から離さなかった荷物を開けてみました。紙箱の中には、すでに芽を出しかけた・・・ 小川未明 「三月の空の下」
出典:青空文庫