・・・ 同仁病院長山井博士の診断に従えば、半三郎の死因は脳溢血である。が、半三郎自身は不幸にも脳溢血とは思っていない。第一死んだとも思っていない。ただいつか見たことのない事務室へ来たのに驚いている。―― 事務室の窓かけは日の光の中にゆっく・・・ 芥川竜之介 「馬の脚」
・・・黒絽の羽織をひっかけた、多少は酒気もあるらしい彼は、谷村博士と慇懃な初対面の挨拶をすませてから、すじかいに坐った賢造へ、「もう御診断は御伺いになったんですか?」と、強い東北訛の声をかけた。「いや、あなたが御見えになってから、申し上げ・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・寄ってくれた人たちは当然のこととして、診断書のこと、死亡届のこと、埋葬証のこと、寺のことなど忠実に話してくれる。自分はしようことなしに、よろしく頼むといってはいるものの、ただ見る眠ってるように、花のごとく美しく寝ているこの子の前で、葬式の話・・・ 伊藤左千夫 「奈々子」
・・・もう疑いなく尿毒性と診断したんです! しかしほかの医者は、どうまた違った意見があるかも分りません」「それで何でございましょうか、先生のお見立て通りでございましたら……あの、尿毒性とやら申すのでございましたら……」とお光はもうオロオロして・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・聴けば、健康診断のたびに医者は当分の静養をすすめるそうだが、そんなことはけろりと忘れた顔をして、忙しく派手に立ち働いている。隣組の組長もしているという。三十歳そこそこの若さでだ、阿修羅みたいにそんなに仕事が出来るのはよくない前兆だぞと、今は・・・ 織田作之助 「道」
・・・ 惣治には兄の亡霊談は空々しくもあり、また今ではその愛とか人道とかいうようなものを心得ているらしい口吻には疑いも感じられたが、酒精中毒という診断には心を動かされた。「しかし乱暴な話ですねえ。そんな動機からぴしぴし離縁状など出されては・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・そこで医者の診断書を取ってくる。これなどまだ小心で正直な方だが口先のうまい奴は、これまでの取りつけの米屋に従来儲けさしているんだからということを笠にきて外米入らずを持って来させる。問屋と取引のある或る宿屋では内地米三十俵も積重ねる。それを売・・・ 黒島伝治 「外米と農民」
・・・――病気だと云って診断を受けろよ。そうすりゃ、今日、行かなくてもすむじゃないか。」「血でも咯くようにならなけりゃみてくれないよ。」「そんなことがあるか!――熱で身体がだるくって働けないって云やいいじゃないか。」「なまけているんだ・・・ 黒島伝治 「橇」
・・・ 彼等は、橇から引っかえした日に、一人一人、軍医の診断を受けた。それが最後の試験だった。それによって、内地へ帰れるか、再び銃をかついで雪の中へ行かなければならないか、いずれかに決定されるのだった。 病気を癒すことにかけては薮医者でも・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・「じゃ、先生、この森と柴田の死亡診断書にゃ、坑内で即死したと書いて呉れますね。」「わしは、坑内に居合さなかったからね。」あやしげな口調になった。「こうして、監督がここへかついで来さしたんだから、勿論、まだ、命はあったかもしれんな。」・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
出典:青空文庫