・・・こんな訳で、内証言は一つも言えませんから、私は医師の宅まで出かけて本当の容態を聴こうと思いました。これは余程思切った事で、若し医師が駄目と言われたら何としようと躊躇しましたが、それでも聞いておく必要は大いにあると思って、決心して診察室へはい・・・ 梶井久 「臨終まで」
・・・互いの家系と写真と、それから中に立った山田勇吉君の証言だけにたよって、取りきめられた縁である。何せ北京と、東京である。大隅君だって、いそがしいからだである。見合いだけのために、ちょっと東京へやって来るというわけにも行かなかったようである。き・・・ 太宰治 「佳日」
・・・新聞記事によると、B猫が不良で夜遊び昼遊びをして困るという飼主夫人の証言。これだけである。このいずれも当面の問題に対しては実に貧弱なデータで、これだけからなんらの確からしい結論も導き出せないことは科学者を待たずとも明白なことである。しかし、・・・ 寺田寅彦 「ある探偵事件」
・・・敵の証言が味方のそれよりもかえって当人の美点を如実に宣明することもしばしばあるのである。 ただいずれの場合においても応用心理学の方でよく研究されている「証言の心理」「追憶の誤謬」に関する十分の知識を基礎としてそれらの資料の整理をしなけれ・・・ 寺田寅彦 「埋もれた漱石伝記資料」
・・・簡易平明にして、しかも主要な急所を洩れなく、また実に適切な例を使って説明するという行き方であり、また如何なる教科書とも類を異にしたオリジナルなものであったという事は同君の講義を聞いた高弟達の異口同音の証言によって明らかである。 学会など・・・ 寺田寅彦 「工学博士末広恭二君」
・・・ 突発した事件の目撃者から、その直後に聞き取ったいわゆる証言でも大半は間違っている。これは実験心理学者の証明するとおりである。そのいわゆる実見談が、もう一人の仲介者を通じて伝えられる時は、もう肝心の事実はほとんど蒸発してしまって、他のよ・・・ 寺田寅彦 「錯覚数題」
・・・しあわせな事には世の中では論理的の証明はわりに要求されないで、オーソリティの証言が代用されそのおかげで物事が渋滞なく進捗するのであろう。 自画像をかきながら思うようにかけない苦しまぎれに、ずいぶんいろんな事を考えたものである。それを・・・ 寺田寅彦 「自画像」
・・・させて、被告と見物に気をもませ、被告に不利な証人だけを選りぬいて登場させる、弁護士にはなるべく口が利けないようにするが、但し後の伏線になるようにアパートの時計が二十分進んでいたというアパート掃除婦の新証言をつかまえさせて後に警察医の鑑定と対・・・ 寺田寅彦 「初冬の日記から」
・・・呼び出されたボーイの証言によると、昨夜この催眠薬を買って来いというので、一度買って帰ったが、もっとたくさん買って来いという、そんなに飲んだら悪いだろうと言ってみたが、これがないと、どうしても眠られない、飲まないと気が違いそうだからぜひにと嘆・・・ 寺田寅彦 「B教授の死」
・・・ そこで二人の証言から互いに一致する諸点を総合してみると、だいたい次のようなものである。 ベランダから池の向こうの踊り場を正視していたときに、正面から左方約四十五度の方向で仰角約四十度ぐらいの高さの所を一つの火の玉が水平に飛行したと・・・ 寺田寅彦 「人魂の一つの場合」
出典:青空文庫