・・・ 来年あたりから試しに帝展の各室に投票函を置き、「いけない」と思う絵を観客に自由に遠慮なく投票をさせて、オストラキズムの真似をしたらどうかと思う。推賞する方の投票だと「運動」が横行して結果は無意味に終るにきまっているが、排斥する方の投票・・・ 寺田寅彦 「異質触媒作用」
・・・馬車屋や労働者の吸うもっと安い葉巻で、吸口の方に藁切れが飛び出したようなのがあったがその方は試した事がない。 ベルリンの美術館などの入口の脇の壁面に数寸角の金属板が蝋燭立かなんかのように飛出しているのを何かと思ったら、入場者が吸いさしの・・・ 寺田寅彦 「喫煙四十年」
・・・すると教官の方から疑わしいと思うなら、試してくれろっていう返辞なので、連れてって遣して見るてえと、成程技はたしかに出来る。こんな成績の好いのは軍隊でも珍らしいというでね…… それだから秋山大尉を捜すについちゃ、忰も勿論呼出されて、人選に・・・ 徳田秋声 「躯」
・・・いまだ佳人の贈り物を、身に帯びたる試しなし。情あるあるじの子の、情深き賜物を辞むは礼なけれど……」「礼ともいえ、礼なしともいいてやみね。礼のために、夜を冒して参りたるにはあらず。思の籠るこの片袖を天が下の勇士に贈らんために参りたり。切に・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・頭の中がそうなっているのだからただ試しさえすれば気がつくのです。本を読むにしてもAと云う言葉とBと云う言葉とそれからCという言葉が順々に並んでいればこの三つの言葉を順々に理解して行くのが当り前だからAが明かに頭に映る時はBはまだ意識に上らな・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・今のは試して見ただけだ。さあ上がった。大丈夫だよ」「君が滑べると、二人共落ちてしまうぜ」「だから大丈夫だよ。今のは傘の持ちようがわるかったんだ」「君、薄の根へ足をかけて持ち応えていたまえ。――あんまり前の方で蹈ん張ると、崖が崩れ・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・世の中に単に数というような間の抜けた実質のないものはかつて存在した試しがない。今でもありません。数と云うのは意識の内容に関係なく、ただその連続的関係を前後に左右にもっとも簡単に測る符牒で、こんな正体のない符牒を製造するにはよほど骨が折れたろ・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・とか不審を打った試しがない。必竟われらは一種の潮流の中に生息しているので、その潮流に押し流されている自覚はありながら、こう流されるのが本当だと、筋肉も神経も脳髄も、凡てが矛盾なく一致して、承知するから、妙だとか変だとかいう疑の起る余地が天で・・・ 夏目漱石 「マードック先生の『日本歴史』」
・・・ペリカン丈の経験で万年筆は駄目だという僕が人から笑われるのも間もない事とすれば、僕も笑われない為に、少しは外の万年筆も試してみる必要があるだろう。現に此原稿は魯庵君が使って見ろといってわざわざ贈って呉れたオノトで書いたのであるが、大変心持よ・・・ 夏目漱石 「余と万年筆」
・・・「みなの衆、まず試しに、自分がみそさざいにでもなったと考えてご覧じ。な。天道さまが、東の空へ金色の矢を射なさるじゃ、林樹は青く枝は揺るる、楽しく歌をばうたうのじゃ、仲よくおうた友だちと、枝から枝へ木から木へ、天道さまの光の中を、歌って歌・・・ 宮沢賢治 「二十六夜」
出典:青空文庫