・・・ まるで日本の伝統的小説である身辺小説のように、簡素、単純で、伝統が作った紋切型の中でただ少数の細かいニュアンスを味っているだけにすぎず、詩的であるかも知れないが、散文的な豊富さはなく、大きなロマンや、近代的な虚構の新しさに発展して行く・・・ 織田作之助 「大阪の可能性」
・・・こは詩的形容にあらず、君よ今わが現に感ずるところなり。 昨夜までは、わが洋行も事業の名をかりて自ら欺く逃走なりき。かしこは墳墓なりき。今やしからず。今朝より君が来宅までわが近郊の散歩は濁水暫時地を潜りし時のごとし。こはわが荒き感情の漉さ・・・ 国木田独歩 「わかれ」
・・・いくら経験だと申して、何処其処の山で道に迷ったとか、或は又何処其処の海岸で寄宿をしたとかいうような談は、文章にでも書いて其の文章に詩的の香があったらば少しは面白いか知れませぬが、ただ御話し仕たって一向おかしくもない事になりますから申し上げら・・・ 幸田露伴 「旅行の今昔」
・・・私は、ひとりよがりの謂わば詩的な夢想家と思われるのが、何よりいやだった。兄たちだって、私がそんな非現実的な事を言い出したら、送金したくても、送金を中止するより他は無かったろう。実情を知りながら送金したとなれば、兄たちは、後々世間の人から、私・・・ 太宰治 「東京八景」
・・・冬になるとよく北の山に山火事があって、夜になるとそれが美しくまた物恐ろしい童話詩的な雰囲気を田園のやみにみなぎらせるのであった。 友だちと連れ立って夜ふけた田んぼ道でも歩いているときだれの口からともなく「キーターヤーマー、ヤーケール、シ・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・そして虫の生活が次第に人間に近く見えて来ると同時に、色々の詩的な幻覚は片端から消えて行った。 M君が来た時に、この話をしたら、M君は笑って、「だいぶ暇だと見えるね」と云った。しかし、M君自身もやはりだいぶ暇だと見えて、この間自分で蟻の巣・・・ 寺田寅彦 「小さな出来事」
・・・ポンドと池との実用的効果はほぼ同じでも詩的象徴としての内容は全然別物である。「秋風」でも西洋で秋季に吹く風とは気象学的にもちがう。その上に「てには」というものは翻訳できないものである。しかし外人の俳句観にもたしかに参考になることはある。翻訳・・・ 寺田寅彦 「俳諧の本質的概論」
・・・ 前に述べたように俳句というものの成立の基礎条件になるものが日本人固有の自然観の特異性であるとすると、俳句の精神というのも畢竟はこの特異な自然観の詩的表現以外の何物でもあり得ないかと思われて来る。 日本人の自然観は同時にまた日本人の・・・ 寺田寅彦 「俳句の精神」
・・・それがために物語はいっそう古雅な詩的な興趣を帯びている。 日本に武士道があるように、北欧の乱世にはやはりそれなりの武士道があった。名誉や信仰の前に生命を塵埃のように軽んじたのはどこでも同じであったと見える。女にも烈婦があった。そしてどこ・・・ 寺田寅彦 「春寒」
・・・彼は彼自身のもっている唯一の詩的興趣を披瀝するように言った。「もっと暑くなると、この草が長く伸びましょう。その中に寝転んで、草の間から月を見ていると、それあいい気持ですぜ」 私は何かしら寂しい物足りなさを感じながら、何か詩歌の話でも・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
出典:青空文庫