・・・ことにその誇りとするところはその乳産であります、そのバターとチーズとであります。デンマークは実に牛乳をもって立つ国であるということができます。トーヴァルセンを出して世界の彫刻術に一新紀元を劃し、アンデルセンを出して近世お伽話の元祖たらしめ、・・・ 内村鑑三 「デンマルク国の話」
・・・それがまた日本女性としての誇りでもあり、真のつとめでもあります。他人の手に子供を委すべく余儀なくされても、母たるの自覚を失ってはならぬ。姿が見えると否とにかゝわらず子供の心は常に母親と共にあるのであるから、仕事を第一とし、子供を第二とするよ・・・ 小川未明 「お母さんは僕達の太陽」
・・・曾て自から高しとしたにかゝわらず、いまや、脆くも、その誇りを捨て、ジャナリズムに追従せんと苦心する文筆家が、即ちそれであるが、文章に、自然なところがなく、また明朗さがなく、風格がなく、何等個性の親しむべきものなきを、如何ともすることができな・・・ 小川未明 「読むうちに思ったこと」
・・・が、実は坂田を伴って来たのは、女たちの前で坂田を肴に自分の出世を誇りたいからであった。一時はひっそくしかけていた鉄工所も事変以来殷賑を極めて、いまはこんな身分だと、坂田を苛めてやりたかったのである。が、さすがにそれが出来ぬほど、坂田はみじめ・・・ 織田作之助 「雪の夜」
・・・ 私はもう往来を軽やかな昂奮に弾んで、一種誇りかな気持さえ感じながら、美的装束をして街を歩した詩人のことなど思い浮かべては歩いていた。汚れた手拭の上へ載せてみたりマントの上へあてがってみたりして色の反映を量ったり、またこんなことを思った・・・ 梶井基次郎 「檸檬」
・・・二郎はかの方に顔を負け、何も知りたまわぬかの君は、ただ一口に飲みたまえと命ずるように言いたもう、そのさまは、何をかの君かく誇りたもうぞと問わまほしゅうわが思いしほどなりき。貴嬢が眼を閉じて掌を口に当て、わずかに仰ぎたまいし宝丹はげに魂に沁み・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・ そして今も今、いと誇り顔に「われは老熟せり」と自ら許している。アア老熟! 別に不思議はない、“Man descends into the Vale of years.”『人は歳月の谷間へと下る』という一句が『エキス・・・ 国木田独歩 「小春」
・・・それほどの誇りを有った大商業地、富の地、殷賑の地、海の向うの朝鮮、大明、琉球から南海の果まで手を伸ばしている大腹中のしたたか者の蟠踞して、一種特別の出し風を吹出し、海風を吹入れている地、泣く児と地頭には勝てぬに相違無いが、内々は其諺通りに地・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・昔は東海道でも有名な宿場であったようですが、だんだん寂れて、町の古い住民だけが依怙地に伝統を誇り、寂れても派手な風習を失わず、謂わば、滅亡の民の、名誉ある懶惰に耽っている有様でありました。実に遊び人が多いのです。佐吉さんの家の裏に、時々糶市・・・ 太宰治 「老ハイデルベルヒ」
・・・そうして後日、高い誇りを以て、わが見たところを誤またず描写しました。以下は、その原文であります。流石に、古今の名描写であります。背後の男の、貪婪な観察の眼をお忘れなさらぬようにして、ゆっくり読んでみて下さい。 女学生が最初に打った。自分・・・ 太宰治 「女の決闘」
出典:青空文庫