・・・『鼻』に嫌気がさしていた山口を誘い、彼の親友、岡田と大体の計画をきめてから、ぼくは先ず神崎、森の同感を得、次に関タッチイを口説きに小日向に上りました。タッチイを強引に加入させると、カジョー、神戸がついてきてくれました。かくして、タッチイの命・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・ その前夜、東京に夜間の焼夷弾の大空襲があって、丸山君は、忠臣蔵の討入のような、ものものしい刺子の火事場装束で、私を誘いにやって来た。ちょうどその時、伊馬春部君も、これが最後かも知れぬと拙宅へ鉄かぶとを背負って遊びにやって来ていて、私と・・・ 太宰治 「酒の追憶」
・・・俺が誘いに来る。若い者たちの大喧嘩があるかも知れないのだ。どうもなあ、不穏な形勢なんだ。そこへ俺が飛び込んで行って、待った! と言うのだ。ちょうど幡随院の長兵衛というところだ。俺はもう命も何も惜しくねえ。俺が死んだって、俺には財産があるんだ・・・ 太宰治 「親友交歓」
・・・音楽が誘いおこす幻想と周囲の実況とを全く分離せしめ、互に相冒さしめぬように努めることができるようになった。 露西亜オペラの一座はそれより二年を過ぎて大正十年の秋重ねて渡来し、東京に在っては帝国劇場と有楽座とに演奏をつづけた。わたくしが始・・・ 永井荷風 「帝国劇場のオペラ」
・・・ エレーンは父の後ろに小さき身を隠して、このアストラットに、如何なる風の誘いてか、かく凛々しき壮夫を吹き寄せたると、折々は鶴と瘠せたる老人の肩をすかして、恥かしの睫の下よりランスロットを見る。菜の花、豆の花ならば戯るる術もあろう。偃蹇と・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・その紳士がいかに平気な顔をして得意であるか、彼らがいかに浮華であるか、彼らがいかに空虚であるか、彼らがいかに現在の日本に満足して己らが一般の国民を堕落の淵に誘いつつあるかを知らざるほど近視眼であるかなどというようないろいろな不平が持ち上って・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
蠅を叩きつぶしたところで、蠅の「物そのもの」は死にはしない。単に蠅の現象をつぶしたばかりだ。―― ショウペンハウエル。 1 旅への誘いが、次第に私の空想から消えて行った。昔はただ・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・ そして、初めはなんとなく弱く、あるいは数も少いその歌声が、やがてもっと多くの、まったく新しい社会各面の人々の心の声々を誘いだし、その各様の発声を錬磨し、諸音正しく思いを披瀝し、新しい日本の豊富にして雄大な人民の合唱としてゆかなければな・・・ 宮本百合子 「歌声よ、おこれ」
・・・日、三・一五として歴史的に知られている事件のころから共産党の組織に全国的にはいりはじめていた警察スパイが、最もあからさまに活躍して、様々の金銭問題、拐帯事件、男女問題を挑発し、共産党員を破廉恥な行為へ誘いこみながら次から次へと組織を売っては・・・ 宮本百合子 「解説(『風知草』)」
・・・六日に麹町の網野さんのところまで誘いに行った。往きに私の歯医者を紹介する約束があった。飯田橋で三時すぎYと落ち合い、万世橋行の電車に乗った。「網野さんに行く先まだ秘密なのよ」「え?――何処です――銀座の方じゃあないんですか」「違・・・ 宮本百合子 「九月の或る日」
出典:青空文庫