・・・世界平和のために戦争挑発とたたかい、戦争に誘いそれを暗示する思想と言論のカナライゼーションに抗してわれわれ自身を恥辱から救おうとする決意と行動は、こんにち、フランスの抵抗をまねる範囲をぬけている。一九五〇年は、日本の理性が試練される年である・・・ 宮本百合子 「五月のことば」
・・・静かな月光が地に揺れ、優しい魂が心を誘い 愛撫する時愛やよろこびが、手足を動かさずには置かないだろう、あこがれを追う手、過ぎて行く影を追う足。バクストは、それに、衣裳をかくのだ。 *今日は 何・・・ 宮本百合子 「五月の空」
・・・彫刻の教師であるディヴィッド・バーンスが彫刻修業のためパリに行けと云っても、スーは良人や子供たちとはなれては充実しない自分の生活感情をはっきり知っていて、その誘いに応じなかった。 スーザンは、自然でゆたかな一人の女として、愛する良人のマ・・・ 宮本百合子 「『この心の誇り』」
・・・彼の主観的な知的、感覚的探求心を誘いよせた。そして、六十三歳のジイドはそこに「個々の人間の自由な発展こそ、すべての人間の自由な発達の欠くべからざる条件である」ことを理解し、実現せんとしている新社会を発見したのであった。 ここで、私た・・・ 宮本百合子 「ジイドとそのソヴェト旅行記」
・・・その俤には、稚いこころに印された、ふくよかに美しい二枚重ねの襟元と、小さい羽虫を誘いよせていた日向の白藤の、ゆたかに長い花房とが馥郁として添うているのである。 孝子夫人と母と、この二人の女いとこは、溌溂とした明治の空気のなかから生れ出て・・・ 宮本百合子 「白藤」
・・・レーニングラードの市民たちは、はじめ求めていた快活な爽やかなハァハァ笑いから、いつしかゾシチェンコごのみの、ゲラゲラ笑い、ヒヒヒヒ笑いに誘いこまれたのであったろう。 一般読者の要求とジャーナリズム編集の上に生じるギャップの現象は、日本の・・・ 宮本百合子 「政治と作家の現実」
・・・それ以来、そこは私をそっと誘いよせる場所になって、よくそこへも本をもって行ってよんだ。落葉の匂い、しっとりとした土の匂い、日のぬくもり。それらは、本の面白さを増すばかりか、そういうところで本をよむ趣を猶更味わいふかい感じにさせるのであった。・・・ 宮本百合子 「青春」
・・・それから鎌倉の方に行くものを誘い、歩いて、トンネルくずれ、海岸橋陥落のため山の方から行く。近くに行くと、釣ぼりの夫婦がぼんやりして居る。つなみに家をさらわれてしまったのだそうだ。倉知の方に行くと門は曲って立ち、家、すっかり、玄関の砂利の方に・・・ 宮本百合子 「大正十二年九月一日よりの東京・横浜間大震火災についての記録」
・・・ 横に三畳の畳を隔てて、花房が敷居に踏み掛けた足の撞突が、波動を病人の体に及ぼして、微細な刺戟が猛烈な全身の痙攣を誘い起したのである。 家族が皆じっとして据わっていて、起って客を迎えなかったのは、百姓の礼儀を知らない為めばかりではな・・・ 森鴎外 「カズイスチカ」
・・・梶はまたすぐ、新武器のことについて訊きたい誘惑を感じたが、国家の秘密に栖方を誘いこみ、口を割らせて彼を危険にさらすことは、飽くまで避けて通らねばならぬ。狭い間道をくぐる思いで、梶は質問の口を探しつづけた。「俳句は古くからですか。」 ・・・ 横光利一 「微笑」
出典:青空文庫