・・・三人は東金より買い来たれる菓子果物など取り広げて湖面をながめつつ裏なく語らうのである。 七十ばかりな主の翁は若き男女のために、自分がこの地を銃猟禁制地に許可を得し事柄や、池の歴史、さては鴨猟の事など話し聞かせた。その中には面白き話もあっ・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・ 琴はやがて曲を終りて、静かに打ち語らう声のたしかならず聞ゆ。辰弥も今は相対う風色に見入りて、心は早やそこにあらず。折しも障子はさっと開きて、中なる人は立ち出でたるがごとし。辰弥の耳は逸早く聞きつけて振り返りぬ。欄干にあらわれたるは五十・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・昼食しながらさまざまの事を問うに、去年の冬は近き山にて熊を獲りたりと聞き、寒月子と顔見合わせて驚き、木曾路の贄川、ここの贄川、いずれ劣らぬ山里かな、思えば思い做しにや景色まで似たるところありなどと語らう。 贄川を立ち出でて猪の鼻を経、強・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
出典:青空文庫