・・・――そんな安二郎の苦悩はいま豹一は隅々まで読みとれた。「じつはお前の居所を知りとうてな。探してたんや。新聞広告出したん見えへんかったんか」 と言い、そして家へ帰って、お君によくいいきかせ、なお監視してくれと頼む安二郎を、豹一は、ざま・・・ 織田作之助 「雨」
・・・と、寝床の中で電報を繰返して読みながら、そうした場合のことなどまで空想されて、苦笑を感じないわけには行かなかった。 弟とFは四時ごろ帰ってきた。「おやじどうした?」「いや別にどうもなくて無事で来ましたがね、じつは今度いっさい家の・・・ 葛西善蔵 「父の出郷」
・・・今しも届きたる二三の新聞を読み終りて、辰弥は浴室にと宿の浴衣に着更え、広き母屋の廊下に立ち出でたる向うより、湯気の渦巻く濡手拭に、玉を延べたる首筋を拭いながら、階段のもとへと行違いに帰る人あり。乙女なり。かの人ぞと辰弥は早くも目をつけぬ。思・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・朝一度晩一度、彼は必ず聖書を読みました。そして日曜の朝の礼拝にも、金曜日の夜の祈祷会にも必ず出席して、日曜の夜の説教まで聞きに行くのでした。 他の下宿に移ってまもなくの事でありました、木村が、今夜、説教を聞きに行かないかと言います。それ・・・ 国木田独歩 「あの時分」
・・・と鞭撻すべきかもしれない。読みすぎることをおもんぱかるのは現代学生の勤勉性を少しく買いかぶっているかもしれない。 生と観察との独自性を失わない限りは、寸陰を惜しんで読書すべきである。すぎた多読も読まないより遙かにまさっている。 学生・・・ 倉田百三 「学生と読書」
・・・ 局へ内地の新聞を読みに来ている、二三人の居留民が、好奇心に眼を光らせて受付の方へやって来た。 三十歳をすぎている小使は、過去に暗い経歴を持っている、そのために内地にはいられなくて、前科者の集る西伯利亜へやって来たような男だった。彼・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・ そういう訳で銘々勝手な本を読みますから、先生は随分うるさいのですが、其の代り銘々が自家でもって十分苦しんで読んで、字が分らなければ字引を引き、意味が取れなければ再思三考するというように勉強した揚句に、いよいよ分らないというところだけを・・・ 幸田露伴 「学生時代」
・・・其題に曰く学術技科の進闡せしをば人の心術風俗に於て益有りしと為す乎将た害ありしと為す乎とルーソー之を読みて神気俄に旺盛し、意思頓に激揚し自ら肺腸の一変して別人と成りしを覚え、殆ど飛游して新世界に跳入せしが如し。因て急に鉛筆を執りファプリシュ・・・ 幸徳秋水 「文士としての兆民先生」
・・・Y署の二十九日が終ると、裁判所へ呼び出されて、予審判事から検事の起訴理由を読みきかせられた。それから簡単な調書をとられた。「じゃ、T刑務所へ廻っていてもらいます。いずれ又そこでお目にかゝりましょう。」 好男子で、スンなりとのびた白い・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・ 三郎はすぐにそれへ目をつけた。読みさしの新聞を妹やお徳の前に投げ出すようにして言った。「こんな、罪もない子供までも殺す必要がどこにあるだろう――」 その時の三郎の調子には、子供とも思えないような力があった。 しかし、これほ・・・ 島崎藤村 「嵐」
出典:青空文庫