・・・乙、半ば飲みさしたる麦酒の小瓶を前に置き、絵入雑誌を読みいる。後対話の間に、他の雑誌と取り替うることあり。甲。アメリイさん。今晩は。クリスマスの晩だのに、そんな風に一人で坐っているところを見ると、まるで男の独者のようね。・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:森鴎外 「一人舞台」
・・・此をお読みになる時は、熱い印度の、色の黒い瘠せぎすな人達が、男は白いものを着、女は桃色や水色の薄ものを着て、茂った樹かげの村に暮している様子を想像して下さい。 女の子が、スバシニと云う名を与えられた時、誰が、彼女の唖なことを思い・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
・・・印刷所の手落ちでは無く、兄がちゃんと UMEKAWA と指定してやったものらしく、uという字を、英語読みにユウと読んでしまうことは、誰でも犯し易い間違いであります。家中、いよいよ大笑いになって、それからは私の家では、梅川先生だの、忠兵衛先生・・・ 太宰治 「兄たち」
・・・格別読みづらくはない。いよいよ遣らなくてはならないとなると、遣れるものだと、自分で満足した。 そう思うと同時に、平生の傲慢が萌す。幸な事には、いつまでもこんな事をする必要がない。出来たからって、えらがるのは、沙汰の限りだ。こう思うと、頗・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・一人の肥った方の娘は懐からノートブックを出して、しきりにそれを読み始めた。 すぐ千駄谷駅に来た。 かれの知りおる限りにおいては、ここから、少なくとも三人の少女が乗るのが例だ。けれど今日は、どうしたのか、時刻が後れたのか早いのか、見知・・・ 田山花袋 「少女病」
・・・と改名すると、急にたちが悪くなるように見える。昔は「五月蠅」と書いて「うるさい」と読み、昼寝の顔をせせるいたずらもの、ないしは臭いものへの道しるべと考えられていた。張ったばかりの天井にふんの砂子を散らしたり、馬の眼瞼をなめただらして盲目にす・・・ 寺田寅彦 「蛆の効用」
・・・そして帳簿をつけてしまうと、ばたんと掛硯の蓋をして、店の間へ行って小説本を読みだした。 その時入口の戸の開く音がして、道太が一両日前まで避けていた山田の姉らしい声がした。 道太は来たのなら来たでいいと思って観念していたが、昨日思いが・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・そのとき私たちは、林が英語の本を読み、私が通訳するということであった。 読者諸君も、中学へあがられると、たぶん教わると思うが、ナショナルリーダーの三に「マンキィ、ブリッジ」という課がある。手の長い猿共が山から山へ、森から森へ遊びあるいて・・・ 徳永直 「こんにゃく売り」
・・・死んだ友達の遺著など、あわてて取出し、夜のふけわたるまで読み耽けるのも、こんな時である。 若葉の茂りに庭のみならず、家の窓もまた薄暗く、殊に糠雨の雫が葉末から音もなく滴る昼過ぎ。いつもより一層遠く柔に聞えて来る鐘の声は、鈴木春信の古き版・・・ 永井荷風 「鐘の声」
・・・元来なら記憶を新たにするため一応読み返すはずであるが、読むと冥々のうちに真似がしたくなるからやめた。 一 夢 百、二百、簇がる騎士は数をつくして北の方なる試合へと急げば、石に古りたるカメロットの館には、ただ王妃ギニヴ・・・ 夏目漱石 「薤露行」
出典:青空文庫