・・・僕はその時、ぬかるみに電車の影が映ったり、雨にぬれた洋傘が光ったりするのに感服していたが、菊池は軒先の看板や標札を覗いては、苗字の読み方や、珍らしい職業の名なぞに注意ばかりしていた。菊池の理智的な心の持ち方は、こんな些事にも現われているよう・・・ 芥川竜之介 「合理的、同時に多量の人間味」
・・・「本屋の二階で、学校ごっこをやっていたのさ、僕は、算術が七点で、読み方が八点で、三番だ。えらいだろう。」と、正ちゃんは、いいました。「だめよ。もっと、いいお点をとらなけりゃ。」と、お姉さんは、しかってから、はっとして、いつも弟に小言・・・ 小川未明 「ねことおしるこ」
・・・しかし、それも学者のようなペダンチックな読み方で、純粋戯曲の理論というものをつくりだすためにのみ読んでいたようである。こと劇に関する限り、変に理論家であったのは今考えてみるとおかしい。私の純粋戯曲理論から見ると、小説本など形式がだらだらして・・・ 織田作之助 「わが文学修業」
・・・というふざけ切った読み方をして、太宰は実朝をユダヤ人として取り扱っている、などと何が何やら、ただ意地悪く私を非国民あつかいにして弾劾しようとしている愚劣な「忠臣」もあった。私の或る四十枚の小説は発表直後、はじめから終りまで全文削除を命じられ・・・ 太宰治 「十五年間」
・・・つるは私を、村の小学校に連れていって、たしか三年級の教室の、うしろにひとつ空いていた机に坐らせ、授業を受けさせた。読方は、できた。なんでもなく、できた。けれども、算術の時間になって、私は泣いた。ちっとも、なんにも、できないのである。つるも、・・・ 太宰治 「新樹の言葉」
・・・ これは先日、先生から読み方を教えられたばかりなので、私には何の苦も無く読めるのである。「流石にいい句ですね。」私はまた下手なお追従を言った。「筆蹟にも気品があります。」「何を言っているんだ。君はこないだ、贋物じゃないかなんて言・・・ 太宰治 「不審庵」
・・・そしてこういう声を出さずに口だけ動かす読み方では子音を発するに必要な細かい調節はよほど省略されている。云い換えてみると、ただ母音だけを出す真似をすれば歌の口調の特徴がかなりよく分るのである。 それでもし各種母音に相当する口腔の形状大小を・・・ 寺田寅彦 「歌の口調」
・・・これを採用するとした上で山名の読み方が問題となるが、これは「大日本地名辞書」により、そのほかには小川氏著「日本地図帳地名索引」、また「言泉」等によることにした。それにしても、たとえば海門岳が昔は開聞でヒラキキと呼ばれ、ヒラキキ神社があるなど・・・ 寺田寅彦 「火山の名について」
・・・人には無闇に本を読んでも駄目だと云ってはいたが、実によく読書し、また人の論文でもよく目を通した。読み方も徹底的で、腑に落ちないところはどこまでも追究しないと気がすまないという風であった。朝は寝坊であったが夜は時には夜半過ぐるまで書斎で仕事を・・・ 寺田寅彦 「工学博士末広恭二君」
・・・それで一見いわゆるはなはだしく末梢的な知識の煩瑣な解説でも、その書き方とまたそれを読む人の読み方によっては、その末梢的問題を包含する科学の大部門の概観が読者の眼界の地平線上におぼろげにでもわき上がることは可能でありまたしばしば実現する事実で・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
出典:青空文庫