・・・ そう言いますと、あの時分は私も朝早くから起きて寝るまで、学校の課業のほかに、やたらむしょうに読書したものです。欧州の政治史も読めば、スペンサーも読む、哲学書も読む、伝記も読む、一時間三十ページの割合で、日に十時間、三百ページ読んでまだ・・・ 国木田独歩 「あの時分」
一 秋の初の空は一片の雲もなく晴て、佳い景色である。青年二人は日光の直射を松の大木の蔭によけて、山芝の上に寝転んで、一人は遠く相模灘を眺め、一人は読書している。場所は伊豆と相模の国境にある某温泉である。 渓流の音が遠く聞ゆる・・・ 国木田独歩 「恋を恋する人」
・・・ その意味において書物とは、人間と人間との心の橋梁であり、人間共働の記念塔である。 読書の根本原理が暖かき敬虔でなくてはならぬのはこのためである。 二 生、労作そして自他 書物は他人の生、労作の記録、贈り物で・・・ 倉田百三 「学生と読書」
・・・一、よく読書すること。われわれの尊い先人の作をできるだけ熱心に読まねばならぬ。これを怠っては芸術の成長の一つの大きな滋養を失うことになる。いい人のものはたくさん読むだけ良い。しかし読書は考えたり観察したりすることほど大切・・・ 倉田百三 「芸術上の心得」
・・・本稿を草するにあたって、貧弱な、自分の過去の読書を頼りにして、それを再吟味し、纒めるよりほかなかった。恐らく、いろ/\な疎漏があると思う。それに、年来の宿痾が図書館の古い文献を十分に調べることを妨げた。なお、戦争に関する詩歌についても、与謝・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・何様も十分調べて置いてシツッコク文字論をするので講者は大に窘められたのでしたが、余り窘められたのでやがて昂然として難者に対って、「僕は読書ただ其の大略を領すれば足りるので、句読訓詁の事などはどうでもよいと思って居る」など互に鎬を削ったもので・・・ 幸田露伴 「学生時代」
・・・そこへああいう風のものを出されたのですから、読書界ならびに作者界に大分異った感じを与えられた事は事実であります。もっとも某先生の助力があったという事も聞いて居ますが、西洋臭いものの割には言葉遣などもよくこなれていて、而して従来のやり方とは全・・・ 幸田露伴 「言語体の文章と浮雲」
・・・部屋部屋の柱が凍み割れる音を聞きながら高瀬が読書でもする晩には、寒さが彼の骨までも滲み徹った。お島はその側で、肌にあてて、子供を暖めた。 この長い長い寒い季節を縮こまって、あだかも土の中同様に住み暮すということは、一冬でも容易でなかった・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・り、ふっくらした白い両足を、ヘチマコロンで洗って、その指先にそっと自身で接吻して、うっとり眼をつぶってみたり、いちど、鼻の先に、針で突いたような小さい吹出物して、憂鬱のあまり、自殺を計ったことがある。読書の撰定に特色がある。明治初年の、佳人・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・ いちばん高級な読書の仕方は、鴎外でもジッドでも尾崎一雄でも、素直に読んで、そうして分相応にたのしみ、読み終えたら涼しげに古本屋へ持って行き、こんどは涙香の死美人と交換して来て、また、心ときめかせて読みふける。何を読むかは、読者の権利で・・・ 太宰治 「一歩前進二歩退却」
出典:青空文庫