・・・自分がそれをことごとく読破すると云う事は、少くとも日本にいる限り、全く不可能な事である。そこで、自分はとうとう、この疑問も結局答えられる事がないのかと云う気になった。所が丁度そう云う絶望に陥りかかった去年の秋の事である。自分は最後の試みとし・・・ 芥川竜之介 「さまよえる猶太人」
・・・和漢の稗史野乗を何万巻となく読破した翁ではあるが、これほど我を忘れて夢中になった例は余り多くなかったので、さしもの翁も我を折って作者を見縊って冷遇した前非を悔い、早速詫び手紙を書こうと思うと、山出しの芋掘書生を扱う了簡でドコの誰とも訊いて置・・・ 内田魯庵 「露伴の出世咄」
・・・どこから手に入れて来るのか、名の知れぬ同人雑誌をたくさん集めて、面白いなあ、うまいなあ、と真顔で呟きながら、端から端まで、たんねんに読破している。ほんとうは、鏡花をひそかに、最も愛読していた。末弟は、十八歳である。ことし一高の、理科甲類に入・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・私はそれこそ一村童に過ぎなかったのだけれども、兄たちの文学書はこっそり全部読破していたし、また兄たちの議論を聞いて、それはちがう、など口に出しては言わなかったが腹の中でひそかに思っていた事もあった。そうして、中学校にはいる頃には、つまり私は・・・ 太宰治 「『井伏鱒二選集』後記」
・・・ 私だって、薬を飲むときには、まず、その薬品に添附されて在る効能書を、たんねんに読んで、英語で書かれて在るところまであやしげな語学でもって読破して、それから、快心の微笑を浮べて、その優秀薬品を服用し、たちどころに効きめが現われたような錯・・・ 太宰治 「正直ノオト」
・・・とか、そんな本を四冊も借りて私は家へ帰り、片端から読破した。茶道と日本精神、侘の心境、茶道の起原、発達の歴史、珠光、紹鴎、利休の茶道。なかなか茶道も、たいへんなものだ。茶室、茶庭、茶器、掛物、懐石の料理献立、読むにしたがって私にも興が湧いて・・・ 太宰治 「不審庵」
・・・どこから手に入れて来るのか、名の知れぬ同人雑誌をたくさん集めて、面白いなあ、うまいなあ、と真顔で呟きながら、端から端まで、たんねんに読破している。ほんとうは、鏡花をひそかに、最も愛読していた。 末弟は、十八歳である。ことし一高の、理科甲・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・一巻でも読破して多少自分の批評的な目を働かせてみて始めていくらか「理解」らしい理解が芽を吹いて来る。しかしよくよく考えてみるとそれではまだ充分だろうとは思われない。 科学上の知識の真価を知るには科学だけを知ったのでは不充分である事はもち・・・ 寺田寅彦 「相対性原理側面観」
・・・先生は稿を起すに当って、殆んどあらゆる国語で出版された日本に関する凡ての記事を読破したという事である。山県君は第一その語学の力に驚ろいていた。和蘭語でも何でも自由に読むといって呆れたような顔をして余に語った。述作の際非常に頭を使う結果として・・・ 夏目漱石 「博士問題とマードック先生と余」
・・・呉博士と往復したのも、参考書類を読破しようという熱心から独逸語を独修したのも、此時だ。けれども其結果、どうも個人の力じゃ到底やり切れんと悟った。ヴントの実験室、ジェームスの実験室、其等が無ければ、何時迄経っても真の研究は覚束ないと思い出した・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
出典:青空文庫