・・・、いろいろな旗を翻した蒸汽船、往来を歩いて行く西洋の男女の姿、それから洋館の空に枝をのばしている、広重めいた松の立木――そこには取材と手法とに共通した、一種の和洋折衷が、明治初期の芸術に特有な、美しい調和を示していた。この調和はそれ以来、永・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・ コリント風の柱、ゴシック風の穹窿、アラビアじみた市松模様の床、セセッションまがいの祈祷机、――こういうものの作っている調和は妙に野蛮な美を具えていました。しかし僕の目をひいたのは何よりも両側の龕の中にある大理石の半身像です。僕は何かそ・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・鍬の土に喰い込む音だけが景色に少しも調和しない鈍い音を立てた。妻はしゃがんだままで時々頬に来る蚊をたたき殺しながら泣いていた。三尺ほどの穴を掘り終ると仁右衛門は鍬の手を休めて額の汗を手の甲で押拭った。夏の夜は静かだった。その時突然恐ろしい考・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・下の大きな、顴骨の高い、耳と額との勝れて小さい、譬えて見れば、古道具屋の店頭の様な感じのする、調和の外ずれた面構えであるが、それが不思議にも一種の吸引力を持って居る。 丁度私が其の不調和なヤコフ・イリイッチの面構えから眼を外らして、手近・・・ 有島武郎 「かんかん虫」
・・・即ち友染は色が混って居るがため、其の女の色の白いと然らざるとに論無く、友染の色と女の顔の色とに調和するに然までの困難は感ぜぬ。緋縮緬に至っては然にあらざることは前に述べた。 是を以て見るに、或る意味から之をいえば、純なる色を発揮せしむる・・・ 泉鏡花 「白い下地」
・・・立てようが、そんなことで茶趣味の一分たりとも解るものでない、精神的に茶の湯の趣味というものを解していない族に、茶の端くれなりと出来るものじゃない、客観的にも主観的にも、一に曰く清潔二に曰く整理三に曰く調和四に曰く趣味此四つを経とし食事を緯と・・・ 伊藤左千夫 「茶の湯の手帳」
・・・泥絵具は絹や鳥の子にはかえって調和しないで、悪紙粗材の方がかえって泥絵具の妙味を発揮した。 この泥画について一笑話がある。ツイ二十年ほど前まで日本橋の海運橋の袂に楢屋という老舗の紙屋があった。この楢屋の主人はその頃マダ若かったが、先代か・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・が、緑雨のスッキリした骨と皮の身体つき、ギロリとした眼つき、絶間ない唇辺の薄笑い、惣てが警句に調和していた。何の事はない、緑雨の風、人品、音声、表情など一切がメスのように鋭どいキビキビした緑雨の警句そのままの具象化であった。 私が緑雨を・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・ これを要するに、兎が餅を搗いているといった時代の子供の知識はその生活状態と調和していたがために、何等不自然を感ずることなく、その話の中に引入れられたのであるが、いまの子供達の知識はかゝる現実に根拠を有しない空想を拒否するがために他・・・ 小川未明 「新童話論」
・・・正しく生存する姿は、決して、自然との闘争でなくして、調和であると信ぜられるが故、たとえ虫にもせよ、意識的に殺したと考えると、いい知れぬ、さびしい気がしたのです。 学校へ行く男の子が、虫の標本をつくるといって、いろ/\のせみを苦心して、木・・・ 小川未明 「近頃感じたこと」
出典:青空文庫