・・・それから簡単な調書をとられた。「じゃ、T刑務所へ廻っていてもらいます。いずれ又そこでお目にかゝりましょう。」 好男子で、スンなりとのびた白い手に指環のよく似合う予審判事がそう云って、ベルを押した。ドアーの入口で待っていた特高が、直ぐ・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・験を長たらしく書き並べたかというと、これだけの前置きが、これから書こうとするきわめて特殊な、そうして狭隘で一面的な文学観を読者の審判の庭に供述する以前にあらかじめ提出しておくべき参考書類あるいは「予審調書」としてぜひとも必要と考えられるから・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・ 予審調書じゃないんだから、余り突っ込まないで下さい。 そのムンムンする蒸し暑い、プラタナスの散歩道を、私は歩いていた。何しろ横浜のメリケン波戸場の事だから、些か恰好の異った人間たちが、沢山、気取ってブラついていた。私はその時、私がどん・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・いました。「お前の申し立てはいろいろの点でテーモ氏の申し立てとちがっている。しかしわれわれはそれは当然だろうと考える。いま調書を読むから君の云ったところとちがった所がないかよくききたまえ。」一人は読みはじめました。「ちがいありません・・・ 宮沢賢治 「ポラーノの広場」
・・・と他の誰かの調書にあるとおり、口授を承認させようとするのである。又、「働く婦人」が共産党の宣伝の道具であるというデマゴギーをも押しつけようとした。清水は綴じあわせたケイ紙を見せ、「しかし、これを御覧なさい、『大衆の友』はちゃんとそうであ・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・大泉という人の公判調書二通が一番新しい分です。おや、ここに小さい字があって、九月三日に五十三円もらったと書いてありました、奥さんの字よ。 輝ちゃんの毛糸のことは本当にいい思い付きです。あなたのジャケツは私の唯一の避難用下着だから、私ので・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・それを調書にとられた。第一回公判をひかえた十一月二日に竹内被告は、思想を異にする弁護人を希望しないという理由で自由法曹団の人々をことわった。十一月四日の公判廷に鍛冶、丁野、栗林の三弁護士を選任して出廷した竹内被告は、三ヵ月ぶりに職場仲間の顔・・・ 宮本百合子 「それに偽りがないならば」
・・・六月下旬に検事が来たとき私の調べの事情をはなし、自分が全く作為的な調書をとられていること、もし公判になれば、自分はそれをひるがえすということを話した。検事はそういう調べについて困ったことだといったまま帰った。七月二十日すぎ、その年の例外的な・・・ 宮本百合子 「年譜」
・・・有名な十二月党の革命的計画についての調書の一部、処刑された数人の党員の写真、シベリアの流刑地で労役の合間に石に腰かけ、本を読んでいる人々の姿、この辺になって来ると、もう皆はさっさと室を通りすぎることは出来ない、一枚一枚の写真が、ロシアの革命・・・ 宮本百合子 「ロシアの過去を物語る革命博物館を観る」
・・・酒井家に奉公した時の亀蔵の名を以て調書に載せられた創はこうである。「背中左之方一寸程突創一箇所、創口腫上り深さ相知不申、領に切創一箇所、長さ三寸程、深さ二寸程、同所下之方に切創一箇所、長さ一寸五分程、深さ六分程、左耳之脇に切創一箇所、長さ一・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
出典:青空文庫