・・・母からは学校から帰ると論語とか孝経とかを読ませられたのである。一意意味もわからず、素読するのであるが、よく母から鋭く叱られてめそめそ泣いたことを記憶している。父はしかしこれからの人間は外国人を相手にするのであるから外国語の必要があるというの・・・ 有島武郎 「私の父と母」
・・・正平の十九年に此処の道祐というものの手によって論語が刊出され、其他文選等の書が出されたことは、既に民戸の繁栄して文化の豊かな地となっていたことを語っている。山名氏清が泉州守護職となり、泉府と称して此処に拠った後、応永の頃には大内義弘が幕府か・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・いろはがるたや、川柳や、論語などに現わされている日常倫理の戒津だけでは、どうも生き難い。学術の権威のためにも、マルキシズムにかわる新しい認識論を提示しなければなるまい。ごまかしては、いけない。 これから文化人は、いそがしくなると思う。古・・・ 太宰治 「多頭蛇哲学」
・・・郷原は徳の賊なりと論語に書いてあったわね。」 魚容は、ぎゃふんとまいって、やぶれかぶれになり、「よし、行こう。漢陽に行こう。連れて行ってくれ。逝者は斯の如き夫、昼夜を舎てず。」てれ隠しに、甚だ唐突な詩句を誦して、あははは、と自らを嘲・・・ 太宰治 「竹青」
・・・しかし『道徳教』でも『論語』でもコーランでも結局はわれわれの智恵を養う蛋白質や脂肪や澱粉である。たまたま腐った蛋白を喰って中毒した人があったからと云って蛋白質を厳禁すれば衰弱する。 電車で逢った背広服の老子のどの言葉を国定教科書の中に入・・・ 寺田寅彦 「変った話」
・・・この点では論語や聖書も同じことであるのみならず、こういう郷土的色彩の濃厚な怪談やおどけ話の奧の方にはわれらとは切っても切れない祖先の生活や思想で彩られた背景がはっきりと眺められるのであるから、こういう話を繰返し聞かされている間にわれわれの五・・・ 寺田寅彦 「重兵衛さんの一家」
・・・それどころか、昔でさえもたとえば論語を全部暗唱する人は珍しくなかった。それだけのきわめて卑近な簡単な一例から考えても、人間の脳の機能に関係する原子分子の一つ一つの役目が、それほど閑散な、あってもなくても済むようなものではないであろうというこ・・・ 寺田寅彦 「蒸発皿」
・・・しかしその時代に教わった『論語』や『孟子』や、マコーレーの伝記物や、勝手に読んだ色々な外国文学などを想い出して点検してみても、なるほどそれらから受けた影響もかなり多く発見されはするが、どうもこれ程ぴったりはまるものは少ないような気がする。つ・・・ 寺田寅彦 「徒然草の鑑賞」
・・・子の著『猿論語』、『酒行脚』、『裏店列伝』、『烏牙庵漫筆』、皆酔中に筆を駆ったものである。 わたしは子の遺稿を再読して世にこれを紹介する機会のあらんことを望んでいる。大正十二年七月稿・・・ 永井荷風 「梅雨晴」
・・・究理化学を学び得るも、孝悌忠信の道を知らざれば、世の風俗は次第に悪しくなるべしとて、もっぱら儒者の教を主張して、あるいは小学校の読本に、『論語』、『大学』等の如き経書を用いんとするの説あり。 この説、はなはだ理あり。人としてただ技芸のみ・・・ 福沢諭吉 「小学教育の事」
出典:青空文庫