・・・丁度、西南戦争の後程もなく、世の中は、謀反人だの、刺客だの、強盗だのと、殺伐残忍の話ばかり、少しく門構の大きい地位ある人の屋敷や、土蔵の厳めしい商家の縁の下からは、夜陰に主人の寝息を伺って、いつ脅迫暗殺の白刄が畳を貫いて閃き出るか計られぬと・・・ 永井荷風 「狐」
・・・こんな謀反人なら幾百人出て来たって、徳川の天下は今日までつづいているはずである。松平伊豆守なんてえ男もこれと同程度である。番傘を忠弥に差し懸けて見たりなんかして、まるで利口ぶった十五六の少年ぐらいな頭脳しかもっていない。だから、これらはまる・・・ 夏目漱石 「明治座の所感を虚子君に問れて」
・・・「何も?」「ああ、畜生!」「よせばいいのに、百姓達は――」 いくつかの声がそれに答えて、劇しく酔いどれのように、「何が――よせばいいのにだ?」「火にくべろ!」「謀反人……」「組合をたくらんでやがる!」「黙・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・そうしてついに正義は蛇のように謀反者の喉に巻きつく。『彼岸過迄』においては愛を双方で認めながら心も体も近づく事のできない宿命的な悲劇が描かれている。さらに『行人』は夫婦の間でどうしても心を触れ合わせることのできない愛の悲劇を描いている。・・・ 和辻哲郎 「夏目先生の追憶」
出典:青空文庫