・・・振り向いて見ると、警官である。「宵の口から、そんなに騒いで歩いては、悪いじゃないか。君は、どこの学生だ。隠さずに言ってみ給え。」 私は自分の運命を直覚した。これは、しまった。私は学生の姿である。三十二歳の酔詩人ではなかった。ちょっとのお・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・ ドアの外で正服の警官がふたり見張りしていることをやがて知った。どうするつもりだろう。忌わしい予感を、ひやと覚えたとき、どやどやと背広服着た紳士が六人、さちよの病室へはいって来た。「須々木が、ホテルで電話をかけたそうだね。」「え・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・しかしあまり度々こんな悪戯をやると警官に怪しまれるであろうが一度だけは大丈夫成功するであろうと思われる。それはとにかく、このヘリオトロープの信号は少なくも映画や探偵小説の一場面としてはこれも一遍だけは適当であろう。「モナリザの失踪」とい・・・ 寺田寅彦 「異質触媒作用」
・・・よく聞いてみると、当時高名であった強盗犯人山辺音槌とかいう男が江の島へ来ているという情報があったので警官がやって来て宿泊人を一々見て歩き留守中の客の荷物を調べたりしたというのである。強盗犯人の嫌疑候補者の仲間入りをしたのは前後にこの一度限り・・・ 寺田寅彦 「海水浴」
・・・女が行ってしまうとその駅員は、改札係と、居合わせた警官と三人で顔を見合わせて何か一言二言言ってにやにや笑っていた。 同じ汽車でおりた西洋人夫婦が、純粋な昔のシナの服装をしたシナ婦人に赤ん坊を抱かせて、しずしずと改札口を出た。子供のかかえ・・・ 寺田寅彦 「軽井沢」
・・・ 警官は私等二人の簡単な陳述を聞いているうちに、交番に電話がかかって来た。警官はそれを聞きながら白墨で腰掛のようなところへ何か書き止めていた。なかなか忙しそうである。私は少し気の毒になって来た。 警官は電車を待たさないために車掌の姓・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・ 札幌から大勢の警官に見送られて二十人余り背広服の壮漢が同乗したのが、船でもやはり一緒になった。途中の駅でもまた函館の波止場でも到る処で見送りが盛んであった。「頑張れよ」「御大事に」「しっかり頼むよ」口々にこうした激励の言葉を投げた。船・・・ 寺田寅彦 「札幌まで」
・・・救護隊の屯所なども出来て白衣の天使や警官が往来し何となく物々しい気分が漂っていた。 山裾の小川に沿った村落の狭い帯状の地帯だけがひどく損害を受けているのは、特別な地形地質のために生じた地震波の干渉にでもよるのか、ともかくも何か物理的には・・・ 寺田寅彦 「静岡地震被害見学記」
・・・青年団の人達と警官の扱いでようやくこの時ならぬ関所を通り抜けて箱根町に入った。 さすがに山は山だけに風が強く、湖水には白波が立って、空には雲の往来が早い。遊覧船は寒そうだから割愛することにした。 ホテルの食堂へはいって見ると、すぐ向・・・ 寺田寅彦 「箱根熱海バス紀行」
・・・もしもわたくしに児があって、それが検事となり警官となって、人の罪をあばいて世に名を揚げるような事があったとしたら、わたくしはどんな心持になるであろう。わたくしは老後に児孫のない事を以て、しみじみつくづく多幸であると思わなければならない。・・・ 永井荷風 「西瓜」
出典:青空文庫